中学3年生、鏑木冴香の場合 1

気が付いた時、冴香は病院のベッドの上で横たわっていた。全身が鉛のように重く身体のあちこちが痛い。

たぶん、骨も何本か逝っているのだろう。痛くて寝返りも満足にうてない。

なんでこうなったんだっけ?そっか、巨人種だ・・・窓の外を動く巨大な影を見て思い出した。その巨大な影が、冴香が意識を戻したことに気が付いたようだった。

「あら、お目覚め?よく生きてたわねぇ。私だったら邪魔が入る前にさっさと殺しちゃうんだけどなぁ。婦警さんが通りかかってよかったわね。強運に感謝してゆっくり休みなさい。」

巨人種の看護師が冴香の病室を外から覗き込んでそう言った。

1202号室、そう書いてあるってことは12階だ。地上から50m近い高さにある窓を、この看護師はしゃがんで覗き込んでいる。

身長はかなり大きそうで、間違いなく100mオーバーだろう。小さく見積もっても196cmの冴香の50倍以上の巨人だ。そんなのを相手にいきがる気にはなれないし、30倍の巨人に完全に遊ばれてこのざまだというのを身をもって経験したばかりだ。

「婦警さんって?」

「パトロール中の婦警さんがボロボロの車の中で気絶してたあなたを連れて来たのよ。まあ、精密検査の結果が出るまでは安静にしてなさい。動けるとは思えないけどね。」

「そうなんだ。あいつらは?捕まったってこと?」

「そんなわけないでしょ?普通種殺したくらいじゃ掴まんないって。それとも仕返しとか考えてる?普通種最強の冴香ちゃんは。だったらやめときなさい。今度こそ本当に殺されちゃうわよ。」

冴香はプイッと横を向いて、蒲団を頭から被った。

「図星だったんだ。わかりやすいなぁ。拗ねちゃった?か~わいっ!」

からかいの言葉と共に重厚な地響きが遠ざかっていった。



数時間前、河川敷。冴香の膝は震えていた。中3女子にしては規格外の巨体と桁外れの強さは近隣のヤンキーを男女の区別なく震え上がらせる存在だった。

だが、今は冴香自身が震えていた。目の前には一度ボコボコにしたことがある隣町の中3の女がふたり、文字通り聳え立っていた。

ふたりとも身長50m以上ある巨人種に覚醒していたのだ。

冴香自身も巨人種の存在を知らない訳ではない。ハナから勝ち目などないのに挑むバカはいない。文字通り別世界の存在と思っていたのだ。

しかし、覚醒した方はそうでは無かったらしい。仕返しができる絶好のチャンスが巡ってきたのだ。しかも、冴香が巨人種に覚醒しない限り反撃されることは皆無だし、殺してしまえば反撃は不可能になる。

ふたりは冴香の学校に殴り込み、いとも簡単に冴香を捕まえて足元に転がしたところだった。

「なにすんのよっ!」

勝ち目無しだが、怯むわけにはいかない。と、冴香が立ち上がって仁王立ちになる。普通種相手なら男でもビビる迫力なのだが・・・

「な~に?巨人種のうちらにいきがっちゃうわけ?普通種のこびとのさ・や・か、ちゃん。」

髪をまっ茶に染めた巨人女がそう言ってしゃがみながら冴香の胸元を軽く指先で突くと、冴香は簡単に転がされてしまう。

「ケンカ最強も巨人種から見たらゴミみたいなもんね。」

もうひとりの金髪女もしゃがんで、転がった冴香を指先で摘まみ上げた。

胸が潰れる!息ができない!背骨が軋む!ただ、指先で挟まれただけなのに絶望的なほどの力の差だ。

「こっ、殺しなさいよっ!」

この瞬間に冴香は覚悟を決めた。だが、ふたりには気に入らなかったらしい。

「生意気ね~。そんな簡単に殺すわけないでしょ?アンタにはいっぱい恐怖を味わってもらって、命乞いしたら殺してあげるよ。」

冴香を摘まんでいた女が、指先の力を少し強めたらしい。ポキッという音と同時に冴香が悲鳴を上げた。

「ちょっと~、簡単に殺さないでよ。そうだ、こびとキャッチボールでもしようか。」

もうひとりがそう提案して、近くにあった車を掴むと指先でドアを引き剥がし、冴香をその中に押し込んだ。

「じゃあ、いっくよ~!」

冴香を摘まんでいた子が少し離れると、車を持っていた子が冴香が乗った車を放り投げ、綺麗な放物線を描いて空を飛んでいる車を離れた場所でキャッチする。これを繰り返すのだ。

女が車をキャッチするたびに車体が軋み、ひしゃげ、中にいる人間は車内の至る所に叩きつけられる。エアバッグが役に立つのは最初の1回だけだ。しぼんだエアバッグなど何の役にも立たない。

それでも、乗せられた方は必死にどこかにしがみつくしかなかった。これは、発砲して来た生意気な警官とかにふたりがよくする遊びだ。10回繰り返した時の生存率は約1割だが、何とか生きてはいるが全身骨折の重体になる。

残りの9割は車内に叩きつけられた時に打ち所が悪かったり、車外に放り出されたりして絶命していた。普通種にとっては命がけの恐怖の遊びだ。


6回、7回、8回、巨人種の女に車がキャッチされるたびに車体はひしゃげ、中にいる冴香の身体はどこかに叩きつけられる。ハンドルに叩きつけられた時に肋骨を何本かやったらしい。サイドブレーキが腹に突き当たる。

必死に叫び声をあげるのを堪えながら、シートにしがみついていた。

「へぇ~、しぶといね。まだ生きてるんだ。でも大丈夫だよ。次にアタシがキャッチした時に握り潰してあげるから。はい、きゅーかい!」

女はもう窓ガラスなど全く残っていない車の中を覗き込むと、車を放り投げた。


向う側の女が車をキャッチした時、冴香は背中から天井に叩きつけられ気絶してしまった。だから、何故病院のベッドの上にいたのかわからなかった。


「あなたたち、何やってんの!?」

女が振り返ると、目の前には濃いブルーの制服姿の警官のミニスカートの裾。

目の前には彼女たちの3倍以上巨大な婦警が文字通り聳え立っていた。

唖然とする女の手から持っていた車を摘まみ取ると中を覗き込む。

「こびとの、女の子?ふぅん、これは事故扱いにはできないわね。」

巨人種でも捕まることがある典型的なパターンだ。故意にこびとを迫害すれば現行犯だ。言い逃れはできないが、それでも注意を受けるだけで済む。

「まだ中のこびと生きてるでしょ?おまわりさんにあげますよ。じゃあ、私たちは帰りますね~。」

ふたりの巨人種は、「ちっ、殺し損ねちゃった。」と言いながら不満そうに歩き去って行った。

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