中学3年生、大神千鶴の場合 1

大神千鶴はこの春から中学3年生になった女の子だ。小さい頃から他の子よりも大柄で、そのせいで小学校低学年の頃には少々陰湿な嫌がらせを受けていたこともあった。

教科書や文房具、上履きなどを隠されたり汚されたり、あるグループからは全く無視されたり、身に覚えのないことを教師に告げ口されたり、そのせいで不登校になりかけたこともある。

だが、それも5年生の頃、パッタリと止まったのだ。理由は明白だった。千鶴が巨人種に覚醒するのではないかという噂が瞬く間に広まったからだった。


巨人種とはその名の通り、爆発的に成長というよりも巨大化する人間のことだ。そのすべてが女性で、ほとんどは『普通種』と呼ばれる普通の人間の約20~50倍、稀に100倍以上の巨体に成長してしまう。


千鶴は巨人種に覚醒する前の特徴のひとつがちょうど小学校5年生の頃に出始めた。急成長するのだ。

通常だと15~20歳くらいで覚醒するのだが、その前に必ずと言っていいほど急成長し身長は最低でも2m以上に達する。

女性で身長が220cm以上あれば、人種に関係なくほぼ巨人種に覚醒すると言われている。千鶴はそれよりも小さかったが、それでも5年生ではかなり大きな身長180cmを超えたところでそんな噂がたった。

折り悪く、覚醒の低年齢化が始まっているという噂が流れ、尾ひれをつけて「170cm以上の小学生女子も危ない」というのが、噂の中でも定説になりつつあったからだ。


嫌がらせは無くなったが、一緒にいてくれた数少ない友達も徐々に千鶴から離れていった。

理由は簡単だ。皆恐ろしいのだ。巨人種とは法律をも無視できる絶対的な存在なのだ。彼女たちが普通の人間を殺したところで『事故』と言えばそれでおしまいなのだ。

そんな存在の近くにいて、もし機嫌を損ねたら。。。想像すればとても恐ろしくて近寄れなかった。


千鶴もそんな心情を理解していたが、少々不満でもあった。

(確かに大きいけどさ、覚醒するとは限らないじゃんか。)

そうは思ったが、元々物思いにふける静かな少女だったので、平穏に過ごせる分にはあまり気にならず、平凡に小学校を卒業し、中学に進んで1年ほど経っていた。

千鶴は順調に成長し続け、今では身長198cmのスタイル抜群の美少女になっていた。


中2の終わりころからだろうか、ひとりの同級生がやたら近づいて来るようになった。小出友梨佳という少女は身長164cmと中2の女の子にしては少々大きい方だろう。それでも、千鶴の肩に全く届かないほどの身長だったが。

それより、千鶴を驚かせたのは、友梨佳は小学校低学年の時に千鶴に陰湿な嫌がらせをしていた中心的な子だったということだ。

(あの頃のこと忘れちゃったのかしら。都合がいいのね)

そうは思ったが、何か裏があるならそれも面白いかもしれない。と、友梨佳が近づくのを千鶴は拒絶しなかった。

千鶴と友梨佳の関係は仲のいい友人という関係ではなく、つかず離れずといった雰囲気だった。友梨佳には相変わらず取り巻きがいて、友梨佳を中心にして誰かを陰湿に嫌がらせしていたことも知っているが、別に止めようとは思わなかった。


ある日の帰り道、千鶴と友梨佳は一緒に帰宅するところだった。珍しく千鶴が誘ったのだ。

「ねえ、友梨佳ちゃん。私と一緒に居て楽しい?」

千鶴は隣を歩く友梨佳を軽く見下ろすが、特にこれといった反応は示さなかった。

「どうだろ?まあ、昔から知ってるからね。千鶴ちゃんがどういう子かもわかってるつもりだよ。千鶴ちゃんはどう?私と一緒ってウザくない?」

「ウザい、と思ったことはないかな。私、あんまり自分から喋らないからさ。友梨佳ちゃん、退屈じゃないかなってちょっと心配してたんだ。」

当たり障りのない会話、だが、当の本人たちにとっては腹の探り合いだったのだろう。千鶴が帰宅した時、疲れがどっと出たことを自覚してしまった。

(卒業まで待つか、それとも・・・)

帰宅してもしばらくの間自問自答してしまったくらいだ。


変化はそれからしばらくして訪れた。

クラスが違うので最初は気づかなかったが、友梨佳が一週間ずっと欠席していた。

(何かあったのかな?)

気になった千鶴は、取り巻きのひとりを掴まえてみた。198cmの巨体が見下ろす迫力は、普通の生徒にはかなりのプレッシャーだ。

だが、彼女は何も知らなかったようだ。他の取り巻きも何があったか連絡を取ろうとしたらしいが結局何もわからなかったらしい。

ところが、ひょんなところから千鶴の耳に入ってきた。職員室の近くで教師が会話しているのが聞こえて来たのだ。その会話の中に『巨人種』『覚醒』という言葉が混ざっていた。

その日の帰りのホームルームで、担任から驚愕の事実が明かされた。

「え~、2組の小出友梨佳・・・様が、巨人種に覚醒されました。明日、登校されますので、絶対に失礼が無いようにしてください。」

担任はそれだけ言うと、逃げる様にして教室を出て行ってしまった。

(へぇ・・・覚醒したんだ。)

意外と千鶴は冷静だった。たぶん、明日から態度が180度変わるんだろうな。とも思っていた。



学校に向かってくる友梨佳の姿は教室からでもよく見えた。友梨佳のいるクラスは蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。

(50mくらいかな?30倍ってとこか。そういえば、あの子にやられてた子、きっと青ざめてるんだろうな。)

不思議と可哀想とは思わなかった。たぶん、友梨佳に真っ先に殺されるか全く相手にされなくなるかのどちらかだろう。とりあえず、後者であることを祈ってあげよう。


全員校庭で整列するように校内放送が流れる。もちろん覚醒した友梨佳様を出迎えるためだ。

千鶴もやれやれという顔でクラスメート共に外に出る。友梨佳の姿は校庭からでも見えるくらい近づいていた。同時に足が動くたびに微かに地面が揺れ始める。

(私のこと、真っ先に殺しに来るかな?それはちょっと嫌だなぁ・・・)

そう思いながらも、千鶴は出迎えの列に加わった。


友梨佳の巨大な足が学校の塀を簡単に跨ぎ越して、校庭の一角を踏みつけた。

ズゥゥンッ!

重厚な地響きに、ヒィッ!という声があちこちから聞こえた。

悠然と学校を見下ろす友梨佳の顔はどこか満足げだった。

「おはよう。こんなに大きくなっちゃって、ちょっとみんなからは怖いかもだけど、よろしくね。」

全員から、「はいっ!」という元気な声が返る。リハーサル、してないよね。みんな凄いなぁ。千鶴は思わず笑いそうになってしまった。


友梨佳がゆっくりとしゃがむと千鶴の方に手を伸ばした。

最初の犠牲者は私かぁ・・・最悪だぁ・・・

と、思ったのだが、友梨佳の手は千鶴の周りの生徒たちを軽々と払いのけて、千鶴の目の前に差し出された。

「千鶴ちゃん、乗って。」

(これって、一番大きな私を握り潰そうとしてるのかな?)

そう思いながらも、「わかった。」と答えながら靴を脱ごうとすると、上空から笑い声が聞こえた。

「やだっ!靴なんか脱がないでいいから乗って。」

友梨佳はなぜか満面の笑顔だ。まあいいか。そう思って差し出された手に乗ると、顔の前まで急上昇していった。

「私がこんなに大きくなっても千鶴ちゃんとの仲は変わらないよ。改めてよろしくね。」

空いている右手の人差し指を差し出してきた。

「え?あぁ、うん。こちらこそ、よろしくお願いします。」

千鶴は両手で人差し指を軽く掴んだ。

「千鶴ちゃんは敬語じゃなくていいよ。ちょっと揺れるかもしれないけど、肩の上に乗っててね。」

そう言われて千鶴は右肩の上に乗せられた。


改めて下を向いた友梨佳は表情が少し変わっていた。

「今日からアンタたちは教師も生徒も全員アタシの手下にしてあげる。ありがたく思いなさい。」

少しの沈黙の後、「ふざけんなっ!」という男子の声が聞こえた。

「今言ったのは誰かな?ずいぶん勇気あるじゃん。褒めてあげるから出て来なよ。」

誰も出てこない。

「じゃあ、男子一匹ずつ直接聞こうかな。なんて言うと思った?」

友梨佳の手がスゥッと伸びて瞬く間にひとりの男子の頭を摘まんで吊るし上げた。

「どうせお前でしょ?いつも、アタシが言うこともすることも逆らってたもんね。」

男子は苦悶の表情を浮かべている。頭からメキメキという頭蓋骨が軋む音が漏れている。

「ちょうどいいから、アンタ、見せしめになってよ。みんなも見といてね。アタシに逆らったらこうなるから。」

メリグチャッ!

男子の胴体が首から真っ赤な噴水を噴き出して生徒たちの中に落ちていった。一斉に悲鳴が上がる。

「ふふっ、可愛想、今日はお披露目だけだから帰るね。それと、それ、誰でもいいから片付けといて。そうそう、千鶴ちゃんはどうする?」

「友梨佳ちゃんはどうして欲しいの?」

「そうだなぁ、今度うちに遊びに来てよ。いいでしょ?」

友梨佳は真っ赤に染まった指先で千鶴を摘まむと、そっと校庭に下ろした。

(こいつ・・・わざとやりやがったな。)

真っ赤に染まった制服を見て千鶴はそう思ったが、「ありがと、今度遊びに行くね。」と言って生徒たちの輪に加わっていった。


それからしばらくの間、友梨佳は学校に現れなかった。代わりに4人の取り巻きが交代で千鶴の許を訪れていた。

ただ、特に何か話をする訳でも無く、しばらく千鶴の観察をしては自分の教室に戻っていく。千鶴は『友梨佳が監視でも命じているんだろう』程度にしか思っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る