第54話 AM
――静岡県・三島市、物流センター予定地。午後2時18分。
騒然とする現場の空気を切り裂くように、黒塗りのワゴン車が一台、ゆっくりとゲート前に止まった。
後部ドアが開き、佐倉悠が姿を現す。隣には、情報端末を手にしたシノダ。バックパックを背負ったチカラ。そして、警備服を模したジャケットに身を包んだユウマが立つ。
「ここが……次の“処理対象”だっていうのか」
佐倉は呟き、USBに残されていたデータの一文を思い出していた。
> 〈物流施設・第2構造体に実験導入〉
〈オブザーバー:A.M.〉
「A.M.って、誰のことだ?」とチカラが眉をひそめる。
その名を聞いた瞬間、シノダが表情を変えた。
「……まさか。“明智光秀(Akechi Mitsuhide)”じゃないだろうな」
3人が顔を向ける。
「もちろん本物の光秀じゃない。だけどな、“明智光秀”は今、特定の匿名グループで使われてるコードネームだ。官僚崩れのインテリで、労働者の感情とAI予測を組み合わせて爆破テロを計画・実行する、都市伝説級の存在だよ」
ユウマが低く唸る。「まさか……鷲巣卓哉の側近か?」
「いや、逆かもしれない」と佐倉が口を開いた。
「“明智光秀”は、かつて鷲巣とともに《厚労省 人材調整課》で働いていた。労働市場を『適正化』するために、非正規雇用の人間をどう“整理”するかの計画を練ってたらしい。だけど、途中で意見が割れて……光秀は消えた」
「……つまり、裏切ったってことか」
「ああ。今、俺たちが追っているのは――その“亡霊”かもしれない」
佐倉たちは、物流施設の裏手に回る。鉄柵の陰に、わずかに開かれた搬入口があった。
その瞬間、ユウマが手をかざした。
「待て。……熱反応あり。中に、動く奴がいる」
「鷲巣の警備会社が送り込んだ連中か? それとも……」
中から聞こえてきたのは、無機質な機械音と、低く読経のような抑揚をもつ音声だった。
> 「――いざ、下剋上の刻、来たれり……」
響いていたのは、和風の抑揚を持つAI音声。
改変された歴史音声データベースによる、“明智光秀AI”の警告だった。
背後でシノダの端末が警告を発する。
> 〈注意:当該施設内に“夢幻式戦術AI(MUGEN-AI)”の起動記録あり〉
〈構築者ID:A.M./目的:派遣労働者への実地心理戦〉
「――AIで、俺たちの怒りを“再現”してやがるのか……!」
佐倉は拳を握りしめた。
「ふざけるな。怒りは、お前たちの実験道具じゃねえ……!」
---
光秀AIと鷲巣の“処理プロジェクト”がついに明らかになり始める中、
佐倉たちは、人材の裏市場を暴き、全国へと広がる“名簿管理ネットワーク”と対峙していく。
そして、AIによる“最適な怒りの連鎖”を制御する真の目的――
《労働暴動の自動化》と《合法的な削減》という冷酷な社会実験の核心に迫る。
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