第55話 鬼喰

――静岡県・三島市、物流施設 第2構造体・内部。午後2時34分。


 搬入口から侵入した佐倉たちは、ひっそりと静まり返った通路を慎重に進んでいた。


 倉庫内は無人のはずだった。だが、人工光秀の読経めいた音声は止むことなく流れていた。


> 「……人の労苦を測る術は、いまだ定まらず。ならば、痛みにて秤を置かん……」


「気持ち悪いな」とチカラが唾を吐く。


「いや、これは“心理誘導”だ」とシノダが呟いた。「感情のトリガーに作用して、怒りや恐怖を煽る仕組み……この施設全体が、労働者の“反応”を実験する檻なんだ」


 そのときだった。


 ギィ――ンという音とともに、天井から何かが降下してきた。


 金属と神経繊維を編み上げたような、異様な“ムチ”。


 それは一見すると有機的な筋肉のように脈動し、先端は鋭いスパイク状に尖っていた。


「来るぞ! 伏せろ!」


 佐倉の声と同時に、その“神経ムチ”が空間を切り裂いた。

 ユウマが身を翻し、咄嗟に背中の盾で受け止めるが、衝撃で数メートル吹き飛ばされた。


「くっ……ただのムチじゃねえ、これ……!」


 シノダが解析を走らせる。


> 〈名称不明兵装:Neuro Lash Prototype “Gozu”〉

〈神経刺激パルスによる運動神経への強制制御を伴う〉


「――これ、人を“痛み”で操る武器だ。喰らった瞬間、筋肉が命令を聞かなくなる。まるで、神経を直接乗っ取られるように……」


「つまり、派遣労働者に反抗させないための“制御兵器”か……!」


 そのムチを操っていたのは、半人半機の警備兵だった。

 ヘルメット越しに、機械音声が囁く。


> 「貴様は“清掃済”リストにある……削除を実行する……」


「ならこっちは、“回収”対象だ!」


 佐倉がポケットから投げたのは、改造チャフグレネード。

 電磁波の妨害により、神経ムチの制御パターンが乱れ、動きが鈍る。


「今だ!」


 ユウマが跳びかかり、兵の背後を取る。チカラの自作爆薬が装着されたスタンボールを胸部に突き刺す――!


 爆音とともに、警備兵が壁へ吹き飛ぶ。


 だが、廊下の先にはさらなる“試作品”たちの影が動き始めていた。



---


「……鷲巣は、ここを“神経兵装の実験場”にしていたんだな」と佐倉がつぶやく。


「しかもその兵器は、元労働者の神経パターンを解析して作られている。これ……ただの兵器じゃない。“労働力の逆利用”だよ」とシノダ。


「怒りや苦しみまで、武器にしやがって……」

 佐倉の視線は鋭くなる。


 USBの奥に残された一つの文書が、彼の脳裏に浮かんだ。


> 〈特例プロジェクト“信長の業火”:指導AI“光秀”による次世代労働抑制実験〉

〈神経兵装:プロトタイプ“鬼喰おにくい”〉



「この先に、もっとやばい“兵器”が眠ってる。俺たちは、それを止める」


 佐倉たちは再び走り出す。

 “光秀AI”が、彼らの過去と怒りを利用する前に――。


 佐倉は赤松を殺したときのことを思い出し興奮した。バイクを燃やして、奴の体にナイフを突き刺した。



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