第35話 アステロイド

 ―静岡・伊豆半島、冷えた夜の山中。


 朽ちた神社の裏手で、佐倉悠は肩で息をしていた。

 EMP手榴弾の余波でデバイスの反応は鈍い。ユウトの魔法の絨毯も損傷し、再起動には時間がかかる。


「……まだ出てきてねえな。北条氏康も、今川義元も」


 ぼそりと呟いたその瞬間だった。


 ゴウ――ン……


 地響きのような音と共に、山の斜面が崩れ、巨大な影が現れた。


「何だ……あれは……?」


 霧をかき分け、姿を現したのは――

 無数の関節を持つ、多脚の鉄塊。


 それは“アステロイド”と名乗る機械生命体だった。

 かつて宇宙開発の副産物として誕生し、太平洋沖に落下した隕石から発掘されたナノマシン集合体。

 今川義元の手により再起動され、軍事利用された兵器である。


「ターゲット:佐倉悠……確保――否、排除開始」


 人の声を模した冷たい音声が夜の山中に響き渡る。

 そして、アステロイドの胴体部が開き、内部から伸縮自在のプラズマランスが飛び出す。


「ちっ……!」


 佐倉はすぐさま転がるように斜面を滑り降りた。

 木々を薙ぎ倒しながら追ってくるアステロイド。

 その動きはまるで蜘蛛のように滑らかで、そして容赦がなかった。


「北条や今川よりも、先にこれかよ……!」


 佐倉の背後で山が爆ぜ、炎の柱が夜空を赤く染めた。


 ――そう、今川義元はすでに“交渉”のフェーズを終え、戦術の暴力へと移行していたのだ。


 ユウトのデバイスがかすかに点滅し始めた。


「ユウト……間に合ってくれよ……」


 逃げ場のない谷間に追い詰められる佐倉。

 その時、頭上の岩壁が崩れ――


 「よくここまで来たな、佐倉悠」


 声の主は、銀の甲冑をまとった武将。

 長槍を携え、漆黒の軍馬にまたがったその男の胸当てには――三つ葉葵の紋。


「北条でも今川でもない……お前は……まさか!」


「――徳川家康、影の軍を率いて、ここに参上した」


 新たな敵、新たな勢力が、佐倉の運命を大きく揺るがす。

 その影には、アステロイド技術を裏で支援する“未来の遺産”も絡みはじめていた……。


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