第34話 トロイの木馬

――静岡県・堂ヶ島。

 西伊豆の断崖に陽が沈む頃、波間に浮かぶ奇妙な“島影”が現れた。


 それは潮の流れに逆らうように、ゆっくりとこちらへ向かっていた。

 形は船、だが表面は城塞のような外観。外装は人工的で、表面の岩肌の下から鉄が見える。


「……“海上型トロイの木馬”か。内部に何かが潜んでる」


 佐倉悠が双眼鏡を下ろし、ユウトが応じる。


「衛星軌道からの監視をすり抜けて、ここまで来るってのは相当ヤバいぞ」


 ふたりが立っているのは、堂ヶ島の自然洞窟天窓洞の上。かつて観光地として栄えた場所。

 今夜はそこに、“あの男”が現れると予言されていた。



---


 波が割れた。


 船の上に立つ、甲冑姿の男。その顔は日焼けし、目はまるで戦場の狼のように鋭い。

 そして背に背負うのは、大太刀ではなく、魔法の絨毯――。


「……まさか、島津義弘……!? 関ヶ原を血煙で退いたあの“鬼”が」


「いや、違う。正確には、“彼の記憶データ”をもとに再構成された“歴戦型魔導兵”だ」


 ユウトがデバイスを開くと、バイタルと魔素値が跳ね上がる。


「型式名:《SHIMADZU-Y199》、ドリカム式記憶再生フレーム搭載――」


「ドリカム……?」と佐倉が目を細める。


「そう。DREAMS COME TRUE社が極秘開発してた“戦国記憶再演プロジェクト”……」


 その瞬間、空に音が走った。


> ♪「未来予想図II」――ドリカム




 魔法の絨毯が風を巻き上げ、義弘の身体を浮かせる。そのまま堂ヶ島の崖へ突撃してきた。


「来るぞ!」


 佐倉はギターケースから“音導刃”を取り出す。ユウトはデータ盾を展開。


 島津の一撃が崖に衝突し、岩を砕いた。舞い上がる砂塵の中、ドリカムのサビが響き渡る。


> ♪「ねぇ どうして…すごくすごく好きなこと ただ伝えたいだけなのに…」♪




 その旋律が、島津義弘の感情を揺らした。


「……この曲は……誰のものだ……?」


 彼の声に、わずかな人間の迷いが混じる。


「お前はただの戦闘兵器じゃない。そこに、“想い”があるなら、戻れる!」


 佐倉はラジカセを高く掲げ、《魔法の絨毯リミックス版・未来予想図II》を再生する。

 それは、人の心と、古の魂を繋ぐ“最後の音”だった。


 絨毯がふわりと揺れ、島津義弘の姿が空に浮かぶ。

 風とともに、彼は言った。


「……拙者は、ただ“守りたかった”のだ。薩摩も、そして、夢も……」


 絨毯とともに彼の姿が空へ溶けると、海は静けさを取り戻した。



---


🚢 トロイの木馬型戦闘艦:無力化

🗡 SHIMADZU-Y199(島津義弘):記憶制御解除・魂昇天

🎧 BGM:「未来予想図II/DREAMS COME TRUE(魔法の絨毯remix)」

🧞‍♂️ 魔法の絨毯:佐倉の手により回収/再構成中


> “過去が兵器になっても、音楽はそれを人間に戻せる”





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