Case9

「今日はアルゲントのとこに依頼来てるかな〜」


「みゃ〜……」


「ん? 猫の……鳴き声? どこから……あっ! あなた、大丈夫!?」




 とあるビルの一室。俺は今日も今日とて朝刊を開く。怪異が関わってそうなニュースは……なしか。まあ、平和ならいいんだ……平和なら……。


「何項垂うなだれてんだ銀弾撃ち」


 リックが銃のメンテナンスを終え、話しかけてくる。


「これは……仕事で疲れてんだよ」


「いや、ここ最近依頼来てないだろ」


「怪異絡みの事件には関わってるよ……!」


「半分涙目で何をそんなムキに……」


 その時、ドアがゆっくり開かれた。入ってきたのは、黒い猫を抱えたクラークだった。


「静かに入ってくるなんて珍し……どうしたんだ? その猫」


「路地裏から鳴き声が聞こえたから行ってみたら、この子が倒れてたの」


「拾ってきたのか……なんで俺の所に?」


「いや〜、なんとなく?」


「全く……こういう時、エヴィと連絡取れれば良かったんだが、あいにく連絡する手段がないからな……」


「私連絡できるよ〜」


「え? いつ連絡先交換したんだ……じゃなくて、そっちに連絡しろよ」


「いつ交換したかはひみつ〜! ほら、室内で対応してもらったほうがいいかと思って、とりあえずここにね!」


「ここは医療施設じゃないんだが……」




 クラークが連絡すると、しばらくしてエヴィがやって来た。


「こんにちはー、ウォードさんとクラークさんはラックチャームで会った時以来ですね! リックさんは先日ぶりです! えっと、倒れてた猫ちゃんのことでしたよね」


 エヴィはクラークの連れてきた猫の方まで近づくと、状態を確認する。


「なるほど……」


「どう? エヴィちゃん」


「何も口にしていないことによる栄養不良ですね……すごくお腹が空いている状態なので、キャットフードなどの糖質の多いものは避けて、少しずつ猫缶を食べさせてみてください! きっと良くなりますよ」


「良かったぁ……ありがと~!」「助かったよエヴィ、ありがとう」


「いえいえ、命に別状はなさそうだったのでよかったです! 今日は特に予定もないので私もお手伝いしますよ、猫缶買ってきますね!」


 そう言い、エヴィは買い出しに向かった。


「エヴィちゃんって薬剤師なんだよね? 獣医みたいで頼もしかったね!」


「ああ、医学について色々勉強していたらしいから、他の分野にも詳しいんだろうな」


「それにしても……この子は一体……?」


「首輪とかは付いていないようだし、飼い猫じゃなさそうだが、野良猫……にも見えないな」


「不思議なオーラのある子だよね〜」


 弱々しくソファに横たわる黒猫。だが、路地裏で倒れていたにしては毛並みは乱れておらず、綺麗な黒い毛を保ったまま。また、綺麗な青い瞳からは強い生命の力を感じる。

 そう、弱っているはずなのだが、どこか高貴な印象を受けるのだ。

 と、ドアが開く。エヴィが帰ってきたようだ。


「ただいまですー」


「エヴィちゃんおかえり〜」「おかえり」


 クラークが缶を開けて猫の前に置くと、ゆっくり、少しずつ食べ始めた。


「少しずつ食べてね〜」


「皆さーん、色々食べ物を買ってきたので私たちもお昼ご飯にしましょうか」


「エヴィちゃんは気が利くな〜、ありがと~!」


「年下の子に奢らせてしまうとは……いくらだった? 後で払うよ」


「いえいえ! お二方にはお世話になってますから! お気になさらずー」




 そうして三人と二匹(黒猫とエヴィの肩に乗るメディである、リックは飲まず食わず)は昼食をとり、今後について話すことにした。


「この猫ちゃんについてなんだけど……」


「申し訳ないが、俺は面倒を見てやれる自信がない」


「わたしはお世話してあげたい気持ちは山々なんですが、家を空けることが多いですからね……」


「まあ、私が拾ったからね、責任持ってお世話するよ!」


「すまないな、よろしく頼む」




 日が暮れ始め、空の色が変わりだす。それぞれ家に帰り、黒猫はクラークが連れて帰った。


「お節介な銀弾撃ちなら引き受けると思ったが」


 リックが皆が帰ってしばらくした後、話しかけてくる。


「考えたさ……けど、俺の仕事は命を落とす可能性も少なくないからな、一匹残してさよならなんて可哀想だろう?」


「オレも残されるだろ」


「勘定に入れてなかったな」


「料金ふんだくるぞ」




 翌日、いつものように朝刊を広げ、いつものようにクラークがやって来る。


「猫の調子はどうだ?」


「帰ってからまた猫缶をあげたら、少し元気になったみたい!」


「そっか、とりあえず一安心だな」



「ソフィア様!」


 聞き慣れない芯のある声が窓の方から聞こえ、二人はそちらを振り向く。


 開いた窓。その窓辺に二本足で立つ黒猫がいた。瞳と同じ色の青いマント、大きな羽根のついたこれまた青い帽子、深い茶色のブーツを身に着けている。


「猫が……喋ってる……?」


 クラークは衣服を身に着けた喋る猫に困惑している。


「えーと、どちら様……」


 でしょうか、と言いかけて気付く。その綺麗な青い瞳、つい最近見た覚えがある……まさか。


「君は……もしかして昨日の黒猫か?」


「ご名答です、アルゲント様! そしてソフィア様、此度はお礼を申し上げるために参りました」


「え!? わ、私!?」


「ええ、行き倒れていたワタシを拾ってくださらなければ、今頃は死んでいたことでしょう……あなたは命の恩人なのです!」


「命の恩人……えーと、まず猫のあなたが喋ってることに混乱してて……」


「おっと、ワタシの紹介がまだでしたね! 私はフェリス、猫の住まう国にて王を務めております」


 俺はその紹介でピンときた。


「猫、王……? もしかして君はいわゆる……」


「ええ、人間はワタシのような者を『ケット・シー』と呼んだりもするそうですね」


 ケット・シーは妖精の一種である。人の言葉を話し、二足歩行をする猫の姿をしており、この世界のどこかに自分たちの王国を築いているとされる。よく王として描かれることがあるが、ケット・シー(ケット=猫、シー=妖精)の名の通り、あくまでも種族としての名前である。


「ではソフィア様、何か望みなどはございますか? ワタシに出来ることでしたらなんなりと!」


「の、望み……?」


「ええ。金銀財宝が必要ですか? 懲らしめたい相手などはいませんか? 猫の王国に興味がおありでしたら連れて行くことも出来ますよ!」


「猫の王国には確かに興味あるけど……欲しいものとかは特にないかなぁ」


「ふむ……せっかくの機会ですよ? 構わないのですか?」


「うん、お礼のために助けたわけじゃないからね、あなたが無事ならそれでいいよ!」


 フェリスはとても感心した様子でソフィアの方へ進み出る。


「命を救ってくださった上、何の見返りも求めない……あなたのような素晴らしい心を持った方に助けていただき、ワタシも光栄でございます」


 フェリスが前足を差し出す。クラークはその肉球のついた、人間から見れば小さな前足を握って返した。

 クラークが手を離すと、その手に何か握られていた。見てみるとそれは、青いリボンのついた猫を模した銀色の鈴だった。


「ん? これは……?」


「ワタシからのささやかな贈り物でございます、きっとお役に立つことがあると思います」


「綺麗……うん、ありがと!」


「ええ、ではワタシは王国に帰らなければいけないため、ここでお別れです。 皆様、ごきげんよう!」


 そう言い、フェリスは立っていた窓辺から後ろに跳んだ。俺とクラークが窓から見下ろすが、フェリスはどこにもいなかった。




「なんか……すごい体験をしたなぁ」


「ああ、そうだな。だが……本当に何も望みはなかったのか?」


「うん! これで私が何か望んだら、助けたことに価値をつけて対価を貰うみたいでなんか嫌だなって……」


「そっか、お前らしいな」


 手に持つ鈴の輝きは、小さな友人を救った記者への栄光。

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