Case8

 

 歩道沿いに並ぶ建物、その内の何の変哲もない外観の店。周りの家屋に一般的な風景として溶け込んでいるものの、どこか不思議な雰囲気を感じるその店の名は「ラックチャーム」。



 朝、とあるビルの事務所。俺は外出の支度を済ませ、ドアノブに手を伸ばす──


「おっはよ~!」


 と、クラークがいつものように(呆れたもんだが)勢いよく入ってくる。ドアに弾かれた自分の手を見つめ、大きなため息を一つ。


「あれ、どこか出かけるところ?」


「……今その外出がなくなりそうなところ」


 俺がずっと見つめている自分の手にクラークが気付く。


「も、もしかしてドア当たっちゃった!? ごめん!」


「……まあいいか、で? 今日も取材で来たのか?」


「その予定だったんだけど、見たところ依頼を受けた感じじゃなさそうだね」


「伊達に記者やってないな、今日は買い出しに行こうと思って」


「買い出し?」


 俺から出るのが余程珍しい言葉なのか、聞き返してくる。


「ああ、仕事道具の在庫が切れそうなんでな」


「仕事道具って……あの銀色の銃弾とか十字架とか? そういうの売ってるお店があるの?」


「その二つは惜しくも違うんだが……まあそんなところだ」


「よく考えたら十字架のナイフは消耗品じゃないかぁ……でも銃弾は?」


「あれは特別なものだからな、また別」


「なるほどね……あのさ、もしよかったら……」


 最近クラークが言おうとしていることが分かってきた気がする。(分かりやすいだけかもしれないが)


「ああ、構わないぞ」


「ほんと!? じゃあ早く行こ!」


「元気すぎる……」




 そんな訳で、俺はクラークと目的の店を目指して街路を歩いていた。木の構造材とその間を埋めるレンガや漆喰で出来た古き良き家々が並び、程よく人や車が通る普通の道だ。


「こんな所にアルゲントの仕事道具が置いてあるようなお店があるの?」


「こんな所"だから"、だ」


 しばらく歩き、何の変哲もなさそうな建物の前に立ち止まる。


「ここだ」


「ここ? 普通のお店っぽいけど……」


 そう言い、クラークが軒上の看板を見る。店の名前は「ラックチャーム」。


「"ラックチャーム"……お守りとか売ってるのかな」


「まあ、あながち間違いでもないな」




 扉を開くとベルが鳴り、俺たちは店内へと足を踏み入れる。店内は本やアクセサリーらしき物が並んでおり、それだけなら普通のお店と言っても差し支えないだろう。所々見られる"異様なもの"を除けば。

 不思議な模様のお守り、異様な気配のする本、怪しく輝く鉱石、見知らぬ生物の頭蓋……その他諸々。

 まばらに置いているため、普通の人が見れば「不思議な雰囲気のお店だな」くらいにしか思わないだろう。だがその道に詳しい者が見れば、それらがただの置物でないことはよく分かる。

 そしてなにより、奥に居座る店主。カウンターで揺り椅子に座って本を読んでいる老婆──深紫のローブに身を包む長い白髪の姿はいかにも"魔女"らしい。


「わぁ……不思議なお店だね〜」


 クラークが店内を見回していると、老婆が顔を上げて話しかけてきた。


「『そろそろ来ると思ってたよ、アルゲント』と言うつもりだったんだが……ガールフレンドを連れて来るのは予想外だったね」


「……そんなんじゃない、サリ婆」


「"店長"とお呼び」


「あ、あの〜……」


「ああお嬢さん、よく来たねぇ。ようこそまじない屋『ラックチャーム』へ、お嬢さんのような若い子がここへ来るってことは……大方恋のお悩みってところかい?」


「え? え!?」


 クラークが驚きの声を上げる。


「……サリ婆、さっきからわざと言ってるだろ」


「あんたこそ、わざと店長と呼んでないだろ」


「あ、あの私そういうんじゃ……」


 クラークの頭から煙が見える。


「はっは、からかってすまないねぇ、自己紹介をしておこうか。あたしゃサリヴァンってモンさ」


「え、えと、私は」


「ああ、ソフィア・クラークちゃんだろ? 風の噂……いや"風"から聞いてるよ」


「『なんで私の名前……』って聞く前に説明された……」


「食えない婆さんだろ、この人」


「あたしのことを取って食おうなんて百年早いね」


 ……本当に掴み所のない婆さんだ。


「で、ソフィアちゃんはどうしてここに来たんだい?」


「アルゲントに付いてきたんですけど、ここは……?」


「少し言ったが、ここは不思議な物を売ってるまじない屋さ」


「まじない屋……?」


「ああ、例えば……これ」


 そう言い、カウンターから小瓶を取り出す。中には粘性のある薄いピンクの液体が入っており、コルクを抜くとクラークに手招きする。


「目を閉じてごらん」


「は、はい……?」


 クラークの閉じた瞼に指ですくった小瓶の中身を塗る。


「せっかくだからあんたも塗りな」


 サリヴァンが手招きし、小瓶をを差し出してくる。


「俺は自分でやらないといけないのか……」


 小瓶を受け取ると、同じように閉じた瞼に塗る。

 サリヴァンに「目を開けてごらん」と言われ、俺とクラークが目を開く。


「わぁ……!」「おお……」


 視界には、様々な色の空飛ぶ小人が映っていた。羽を羽ばたかせて飛んでいるその光景は、とても幻想的だ。


「サリヴァンさん! これは……?」


「それは妖精が見えるようになる塗り薬さ」


「え、でも私……これを使ってなくてもブラウニーとかグレムリンのような妖精が見えてたんですけど……」


「今見えるようになったのは、水や植物といった自然に宿る妖精たちだよ」


「それらはどう違うんですか?」


「ソフィアちゃんが以前見た妖精は、人によって伝承が語られているもの──いわば人に"妖精"として認識されている。それに対して自然に宿る存在はその宿っているもの──例えば"水や植物"として認識されている、だから見えないのさ」


「つまり普段から自然の物として存在はしているが、妖精としては認識していないってことだな」


「よく要点を押さえているねぇアルゲント、やるじゃないか」


 その後は俺は仕事道具を探し、クラークはサリヴァンに様々な商品を紹介されていた。


「おや、お客かね」


 ふとサリヴァンがそう呟いた数秒後、扉が開かれ、店内に心地よいベルの音が響き渡る。入ってきたのは黒いローブに身を包むペストマスクの……


「エヴィちゃん!」


 ソフィアが声をかけると、エヴィはマスクを外して駆け寄ってきた。


「ウォードさん、クラークさん! 奇遇ですね〜!」


「よく来たねエヴィちゃん、必要なものはこれかい?」


 サリヴァンが植物や紙袋をいくつかカウンターに置く。


「ありがとうございます、店長さん! 相変わらず用意がいいですね」


「来る気がしてたからねぇ」


「ふふ、さすがですね。あっ、もっとお話したかったんですが、少しやることがあるので! では皆さん、またどこかで〜」


 必要なものを一通り買い揃え、エヴィは店を後にした。


「サリヴァンさん、どうしてエヴィちゃんが来るって分かったんですか?」


「さっき見てもらった妖精は、うちの"従業員"でもあるのさ」


 若葉色に光る妖精がサリヴァンのそばに来て、こちらに手を振る。


「妖精は色々な所にいる……だから情報が入ってくるんですね!」


「そういうことだねぇ」


 二人が話している内に、目当ての品物を見つけカウンターに置く。


「おっとアルゲント、新しいお客さんが来たもんだから言うのを忘れていたんだが……」


「?」


「『銀の弾丸を作ってほしい』って無茶な頼み、応えてやったよ」


 サリヴァンがカウンターの下から透明な小袋を取り出す。中には銀色に輝く、文字が刻印された弾丸が入っていた。


「まさかとは思ったけど本当に作れるとは……ありがとう、サリ婆」


「店長とお呼び……全く、魔を祓う道具を魔女に作らせるなんて無茶なことを言ってくれるね」


「それでも出来るのがサリ婆だろ?」


「まあ、いろんな分野に首を突っ込んでるからねぇ」


 仕事道具を一通り買い揃え、出入り口の扉のドアノブに手をかける。


「ありがとう、また来るよ」


「ありがとうございましたー!」


「ああ、二人ともまたのご来店をお待ちしてるよ。それと……ソフィアちゃん、次からは"店長"と呼んでくれると嬉しいねぇ」


 手を振るサリヴァンに見送られ、店を出る。




「なんか、不思議なお店だったね〜」


 そう話すクラークの手には紙袋があった。


「何を買ったんだ?」


「へへ、秘密〜。気になる?」


「そりゃあ気になるけど……『いつか分かる時が来る』ってやつか?」


「ま、そんなとこ!」


 そうして二人は帰路に就く。その道中を見えない妖精たちは優しく見守っているのだった。

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