Case7




 赤い帽子、滴る鮮血。月光を受けて、大きな斧は鈍く輝く。




 怪異は、人と異なる存在。それゆえ、友好的でない者たちも多い。その日相対した存在は、その中でも特に危険だと俺の知識と経験が言っていた。


─時は数時間ほど遡る─


「…………」


 最近、依頼が来ていない気がする。どちらかというと、自ら怪異に関することに首を突っ込んでいるような……。


「おっはよー!」


 勢いよくドアが開かれ、クラークが入ってくる。


「依頼じゃないか〜……」


「残念がらないでよ〜、ちょっとした情報持ってきたんだから!」


「ちょっとした情報?」


「昨日の夜かな、殺人事件があったんだけど……」


「それは警察の仕事じゃないか?」


「それがね、犯人らしき人もその場にいたらしいんだけど、警察の前で一瞬で消えたらしいの」


「なるほど……なら俺の仕事になりそうだな」


「そーゆこと」


「ちなみにその人物の特徴とかは?」


「えーっとね」




「赤い帽子を被った老人で」


 赤い帽子。


「大きな斧を持ってたって」


 斧。




「…………」


 "ちょっとした情報"どころではなかった。


「どうしたの、いつになく真剣な顔しちゃって」


「そういった事件は今のところいくつ聞いてる?」


「今のところそれだけ……かな? ほんとにどうしたの?」


「思い当たる怪異がいるんだが……今回はかなり危険そうなんだ」


「え、どんなやつ……?」


 本棚から一冊手に取り、ページをめくっていく。目当ての情報を見つけると、開いてクラークに見せる。


「えーと、なになに……」


 レッドキャップ、人を襲う危険な妖精の一種である。廃墟……特に過去凄惨な事件があった場所や墓地に住んでいるとされる。

 長い髪、赤い眼、鋭い鉤爪を持ち、名前通りの赤い帽子と鉄製の靴を身に着け、斧を得物として人間を襲う。その帽子は襲った人間の血で染められているので赤い色をしている。

 夜に一人で歩いている人間を見つけると、離れていても恐ろしい速度で接近し斧を振り下ろす。そうして殺めた人間の血で帽子を染め上げる。

 この怪異は十字架や聖書の言葉が苦手である。また、あるレッドキャップは幸運を授けてくれるらしい。


「…………やばそうだね」


「ああ、人に害をなす怪異は少なくないが、積極的に好んで人を襲う特に危険な怪異の一つだ、まあ夜中一人で出歩かなければいい話ではあるんだが」


「それを知っていないとまた襲われる人が出てくるよね……」


「ああ、だから俺がなんとかする」


「じゃあ……」


 なんとなく言う事は分かった。


「ダメだ」


「まだ言ってないじゃん!」


「『じゃあ私も行く!』だろ?」


「お、アルゲントも私のこと分かってきたみたいね〜」


「茶化しても無駄だ、とりあえず夜に一人で出歩くなよ」


 真剣な顔でクラークを見る。


「…………その顔はマジの時の顔だね、しょーがないな〜」




 日が暮れ始める。人々は活動を止め、同時に人ならざるものは活動を始める。俺はそんな中で"獲物"となるべく、一人街を歩いていた。

 橙色の空は紺色に染まり、月明かりと街灯が暗闇を照らす。


「さて……」


 俺は開けた場所を見つけると、そこに向かって歩き出す。


 ふと、風が吹いた。俺は腰を落として屈む。

 視界の端っこに、鈍い金属の輝きが映った。

 後ろにいる"なにか"を確認しようと、振り向いて飛び退く。




 三角頭巾をかぶった老人。ノーム(よく庭で見られる像、ガーデンノームがお馴染みだろうか)にも似た外見だが、とても友好的には見えなかった。

 赤い帽子、滴る鮮血。月光を受けて、大きな斧は鈍く輝く。




「早速か、と言ってもこんな時間に一人で出歩いているのは俺だけかな」


 背後の"なにか"……改めレッドキャップは特に反応を示すことはなかった。ただ、動きがあった。


 次に瞬きをした時には、斧を振りかざすレッドキャップが目の前にいた。


 仰け反ると、曲がった上半身の少し上を大きな斧が通り過ぎていった。少し遅れて、突風が吹く。


「あっぶねぇ……」


 俺は飛び退いてリボルバーを取り出すと、そのまま引き金を引いた。


 放たれた弾丸がレッドキャップの胸を貫く。


 渋い顔をしたレッドキャップは、距離があるにも関わらず斧を振り下ろした。その巨大な質量から起きた風に、目を閉じずにはいられなかった。


 暗闇の中、気配が消える。俺は"前に"跳んだ。

 数秒後、"後ろ"から風圧を感じる。


「危機に陥ると人間は本能的に逃げる、そこを狙ったんだろうが……俺も伊達に怪異の専門家やってないぜ」


 振り向いて放たれた二発目が右肩に風穴を開ける……だけでは止まらなかった。

 引き金を引いたまま、

 跳ね上がった撃鉄を叩く──三発目が左肩を、

 跳ね上がった撃鉄を叩く──四発目が腹部を貫く。


 一秒足らずで放たれた三発の弾丸を撃ち込まれたレッドキャップから感じる敵意が、殺意へと変わるのを感じる。

 一瞬で薙ぎ払われる斧をしゃがんで避け、放たれた五発目が足を貫いた。蹴り上げられた足を飛び退いて躱し、レッドキャップの腕に六発目が風穴を開ける。

 頭部に狙いを定め、銃を構える。


「どうか安らかに──」


 最後の七発目、引き金を引く必要はなかった。



 大きな上下二本ずつの牙が現れ、レッドキャップを貫いたからだ。



「な……!?」


 レッドキャップが倒れ、立っていたのは……ルベルだった。


「おっと、おいしいところを持っていってしまいましたか」


「……どういうつもりだ」


「私は人ならざる者、吸血鬼ですが……目的は人と怪異の共存と言ったではありませんか」


「だが、今も人を襲っているんだろう」


「存在を保つため、仕方がないのです。ああ、今回の事はそちらに少し関係がありましてね」


「?」


「人間を減らされてはたまったものではありませんし……なにより主食である血液が染料として使われているのは私としては勿体なく感じます。なので……」


 そう言うと、ルベルの外套から現れたコウモリの群れがレッドキャップを覆い尽くした。しばらくしてコウモリたちが飛び立つと、そこにはもう何も残っていなかった。


「では私はこの辺りで」


 ルベルはそう言い残すと、飛び去っていった。


「やるなら最初からやってくれ、六発分無駄になった……」


 予想外の結果になったものの、仕事を終えた俺は事務所のあるビルへと戻るのだった。




 翌朝、今回の事件をまとめようとキーボードで文字を打っていると、クラークが入ってくる。


「おはよ〜! レッドキャップは? どうなったの?」


 リボルバーを回転させ、撃つ真似をする。


「その様子だと倒したみたいね!」


「ああ、俺じゃないけどな」


「え? どーゆーこと?」


「今回のことをまとめてるからそれを見てくれ」




 この世には、ふしぎな店がある。

 まじないに関する品々を取り扱う、ふしぎなふしぎな店だ。

 もちろん、探しても簡単に見つかるものではない。呪いのような超自然的なものは古くから迫害の対象とされてきた。それゆえ超自然を扱う者たちはそれらを隠匿したため、普通に過ごしていれば目に付くものではない。

 怪奇と関わる者たちは例外だが。


「そろそろ客が来そうだねぇ……」

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