Case6




 紅く染まった頭蓋、夜の街を照らしながら、男は彷徨う。




『正体不明の夜警 血染めの頭を持つ者』


 これは今朝の新聞の一面を飾った記事の見出しである(惜しくも書いたのはクラークではないようで、彼女は悔しがっていた)。

 写真には、黒い外套を身に着けた人影が写っているのだが、手には紅く染まった球状の物をぶら下げている。

 その球体はいくつか穴が空いており、まるで顔のように見えるが内側が青白く光っている。

 趣味の悪いランタン……と言えばいいだろうか。

 また、この人影には足が見当たらず、まるで浮いているように見える。

 ただ、この写真は少し離れた位置から撮られているため、それ以上の情報は得られない。


「頭のような灯りをぶら下げた夜警、か……」


「あ、足がないけど……こ、これは?」


 事務所に来ていたクラークは少し怯えた様子で俺に尋ねる。


「本当に足がないのなら……"ホンモノ"かもな」


「ほ、ホンモノ……」


 クラークと記事について話していると、リックが銃のメンテナンスをしながら話しかけてくる。


「で、その悪趣味ランタン野郎に関する依頼は入ってるのか?」


「それがまだないんだよな……被害が出てるわけじゃなさそうだな」


「ならどうすんだ?」


「依頼を受けて動くだけが怪異専門家じゃないぞ、今日の夜にでも探してみるとしよう」


 街の灯りが一つ、また一つと消え始める。

 俺とクラークはそんな街中を歩いていた。


「怪異の専門家さんも大変だねぇ〜」


「新聞記者さんこそ、遅い時間までご苦労」


「む……茶化したのに珍しく返すじゃん、いつもなら『仕事だからな』とか言いそうなのに」


「いつもみたく呆れているだけじゃつまらないだろ?」


「なんか複ざ……ん?あれ……」


 クラークが指差す先。




 日が沈み、よく目を凝らさなければ見えないほど黒い人影。だがその手に持つ物は暗闇でもよく見える。

 紅い球。

 青白い炎の輝きが漏れ出る、目と口を模した穴。

 そしてこの者を目の前にして、ようやく見えた。

 足は、無かった。




「…………」


 顔はよく見えず、無言を貫いている。

 まずは対話から。


「すまない、最近夜の街を歩きま……いや、彷徨っているのは君かな」


『……そうだ』


 返事が返ってくる。だが、のっぺりとした顔に口や目、鼻といった部位は見当たらない。かといって顔を模したランタンから聞こえたわけでもない。


「なぜ飛び回っているんだい?」


『ワタシは……救わねばならぬ、多くの人を』


「多くの人を救う……?」


『ワタシは……罪を犯した、その償いとして人助けをせねばならぬ』


「……なるほどな」


『夜の暗闇は人を迷わせる、それを照らし、道案内をしている』


「それって助けるノルマというか……人数とかは決まってるの?」


 とクラークが尋ねる。


『10人だ』


「そんなに迷ってる人いるかな……」


『これまでに8人、道案内をした』


「あと2人……ってことは……」


 それを聞き、俺は迷わずこう告げる。


「それじゃ、案内よろしく、『ランタン』」




 夜の街を照らす灯りは、外灯と前方の影が持つランタンだけだ。


「俺たちは別に迷ってるわけじゃないんだがな……」


「まあまあ、怪異に案内される経験なんてなかなか出来ないじゃん!」


「俺の仕事はそういう状況になることもあると思うが……まあ、嫌なわけじゃないさ」


 話しながら、ランタンについて行く。


 それにしてもこの怪異……何者だ?思考を巡らせても、思い当たる節がない。

 人影……は特徴らしい特徴が無いので除外するとして、あのランタンだ。紅い球体、顔、灯り……。

 どうしても思い付かないので、本人に聞いてみる。


「なあランタン……と呼んでしまっているが、名前はあるのか?」


『名前……憶えていない』


「そうか……そういえば『罪を犯した』と言っていたが、元は人間なのか? それとも怪異の世界にも法があるのか?」


『ああ、元は人間だ、それは憶えている』


「なるほど……もう一ついいか?」


『?』


「そのちょっと変わった……ランタンはどうしたんだ?」


『ああ、これか』



『これは目を開けた時、目の前に転がっていたビートルート(赤いカブ)に穴を開け、誰かから貰った石炭を使って、灯りにしたものだ』



 ビートルート。どおりで分からなかったわけだ。


「……ジャック・オー・ランタン」


 俺の呟いた言葉を不思議に思ったクラークが、こちらを見る。


「え?」


「この怪異の名前だ」


「ジャック・オー・ランタン……って、カボチャじゃないの?」


「確かにカボチャのお化けとして有名だが……それはアメリカに伝わって変化したものに過ぎないんだ」


「元々はここ(イギリス)のカブのお化けってこと?」


「そういうことだ、ただ俺も普通の白いカブだと記憶していたから、まさかビートルートとは思わなかったな」


「そーゆーことだったんだね……血塗れた頭蓋骨かと思ったよ……」


「よくそんな物持ってるやつに付いて行こうと思ったな……」




 そうこうしていると、いつの間にか事務所のあるビルのすぐ近くまで来ていた。


『着いたぞ』


「ああ、案内ご苦労さま」


「ランタンさん、どうもありがとう!」


 俺とクラークが礼を告げ振り返る。

 ランタンはいなかった。


「ランタンさん……?」


「どうやら、役目を終えたみたいだ」


 俺は先ほどまでランタンがいた場所に歩み寄る。

 そこには、血塗れ……ではなく、真っ赤なビートルートで作られた灯りが落ちていた。それを拾い上げる。


「よく見てみると、なかなか悪くない品だ」


 翌朝、俺は椅子に座り新聞の一面を見る。


『謎の夜警 正体判明』


 そのように題された記事には、ランタンの写真と共に謎の夜警の正体が夜に人々を家まで送っていた優しき怪異・ジャック・オー・ランタンであることが書かれていた。

 読んでいると、ドアが勢いよく開く。


「一面を飾ったのは、このソフィア・クラークだー!」


「朝から騒がしい……」「うるさいぞ小娘」


 棚に置かれた赤いランタンが、光った気がした。




「ジャック・オー・ランタンについて」

 ジャック・オー・ランタンは、いわゆる鬼火伝説の一つだ。

 伝承の一つでは、生前堕落した人生を送ったまま死んだ者が死後の世界への立ち入りを拒否され、転がっていたカブをくり抜いたものに、悪魔から貰った石炭を火種にしたものを入れたランタンを持って彷徨っているとされている。

 その他の伝承も、天国にも地獄にも行けなかった魂が彷徨っている者だとする話がほとんどだ。

 今回は道案内をする親切なジャック・オー・ランタンだったが、本来は旅人などを迷わせる存在とされる。

 ハロウィンなどの影響でカボチャの姿が有名だが、本来はカボチャではなく白いカブが使われており、その白いカブも白い頭蓋骨を模したものだと考えられている。

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