Folklore:1
はじめに
「Folklore」のファイルには、日常生活で見かけた「事件」と題するほどではない、ちょっとした言い伝えや怪異について書いていく。
ある日の朝。俺は事務所で椅子に座り、新聞を読んでいた。いつもどおりすぎる日課だ。
と、ドアをノックする音が聞こえ、
「ウォードさん、いますか?」と少女の声。
「ああ、どうぞ入って」
そうして静かに入ってきたのは、エヴィだった。
(クラークとは大違いだ……)
俺が部屋の入り方一つで感動しているのを、エヴィが不思議そうな表情で「どうしました?」と尋ねてくる。
「いやいや、なんでもない。とりあえず座ってて! 紅茶がいい? コーヒーがいい?」
「わざわざありがとうございます、えーと、紅茶でお願いします」
俺は準備を済ませ、エヴィの向かいに座る。
「で、今回はどうしたんだ?」
「えーと、なんとなく来ちゃいました」
「良かった、何かあったのかと思った……」
話しながら、ティーポットに茶葉を二人分入れ、お湯を注……がずにスプーンで一杯追加で入れる。
「……ウォードさんは濃いめの味がお好きなんですか?」
「え、どうして?」
「あ、えっと、茶葉を少し多く入れられていたので!」
「ああ、『ポットのための一杯』のことかな」
「『ポットのための一杯』?」
「紅茶は人数分の茶葉に追加で一杯多く入れると、ポットに住んでいる紅茶の妖精が紅茶を美味しくしてくれると言われているんだ」
「紅茶の妖精……! なんだか素敵ですね!」
二つのカップに紅茶を注ぎ、一つを渡すと「もう一つカップはありますか?」と聞いてくる。
「あるにはあるけど……どうするんだ?」
持ってきたカップにエヴィが紅茶を注ぐ。
「紅茶の妖精さんの分です!」
純粋な視線。
とてつもない罪悪感に苛まれる。
(騙されないか心配だよ俺は……まあ頭の切れる子ではあるんだが……)
この紅茶の妖精の話は実はある程度解明されている。ここイギリスの水は硬水であるため、軟水に比べると味や成分を抽出しづらい。そのため茶葉を多く入れることで味を良くしようという話なのだ。
エヴィはきっとロマンチックな話が好きなんだろう。しかも怪異という存在を実体験をもって知っているならなおさら。
「えーと、エヴィ、実は……」
黙っておくのも忍びないので本当の事を言おうとして、ふと追加されたティーカップを見る。
小さな少女が、紅茶が注がれたカップを覗き込んでいた。
白いワンピースを着た、髪の毛が葉っぱになっているティーカップほどの大きさの少女。
エヴィもそれに気付くと、「こ、紅茶の妖精さん!?」と驚いていた。
紅茶の妖精(?)は棒のようなものを取り出すとそれで紅茶を吸い始めた。あっという間に飲み干すと、こちらにウインクをした後、消えた。
「……」
二人とも唖然としていたが、やがてエヴィが
「ウ、ウォードさん! 見ました!? 今の!」
「あ、ああ……」
「紅茶飲んでくれましたよ! おいしかったんですかね!?」
「き、きっとそうだったんだろうな」
おわりに
少女の夢を守った紅茶の妖精に、敬意を。
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