Case5-b
俺たちが近づくと、渦巻く黄風の塔はその勢いを弱め、崩れ去った。そして中からは、塔の主が姿を現していた。
ぼろぼろのローブを身に纏った老婆。その老婆は髪と目と歯が黄色に染まり、とても健康的とは言えない醜悪な姿をしていた。
「あれが竜巻を起こしていた張本人か」
俺は対話を試みようと一歩近づく。
と、老婆から話しかけてきた。
「吐き気を催す薬品のにおい……そこの小娘だね」
「あたしを退治しに来たか、医者風情が」
エヴィは怯むことなく前に進み出る。
「人々に危害を加えるのをやめてくださるなら、こちらも何もしません」
「病はいいぞ、苦しみから解放されれば待っているのは永遠の安寧、今この瞬間も感じる……多くの人間を蝕む病を!」
「……そうですか」
エヴィは俺とクラークが止めるのを歯牙にもかけず歩を進め、老婆の近くまで到達する。
老婆が手を振り上げ──その先には、鋭く尖った爪が広げられていた──そのまま振り下ろす。
瞬間、輝きとともに老婆が仰け反る。
エヴィの手元には日の光を受け、きらめく粉塵が舞っていた。
さらに、怯んだ老婆の頭上から、粉塵が舞い落ちる。
老婆は苦しみのあまり絶叫し、飛び退いた。
上には白い鳥が、中身のない麻袋を足に携えて飛んでいる。しばらく旋回したあと、エヴィの肩に乗って誇らしげにしていた。
俺はリボルバーを取り出し、そのまま引き金を引く。
放たれた銀の弾丸は軌跡を描いて老婆の肩を貫いた。
「銀の弾丸……小僧も祓い屋か!」
「祓うだけじゃないけどな」
二発目が腹部を貫く。
「……随分と働くやつらだ」
唸るようにそう言うと、老婆の周りで突風が渦巻く。放たれていた三発目の弾丸は風に巻かれ、弾かれてしまった。
弾を装填しながら、俺は考える。
(厄介な風だ……エヴィも粉薬を使った攻撃をしているから、これでは全て散らされてしまう……)
風は勢いを増していき、老婆の元へ歩くことも難しくなっていた。さらに、先ほどとは違う不快な感覚を覚え始めた。
「アルゲント!」
声のする方を振り向くと、クラークが建物の陰から手招きしていた。エヴィにも声を掛け、クラークの方へと向かう。
「このままじゃ……あの気分の悪い風のせいで倒れかねないな……」
「ウォードさん、これを……」
エヴィの手渡した薬を飲むと、幾分かはマシになった。
「エヴィちゃんは大丈夫なの?」
「はい、このマスクとこの子がいますから」
「その鳥、ただ者じゃなさそうだね……」
「これが終わったらいろいろお話しましょう、今はあの怪異を」
「それなんだけど、私に考えがあるの」
俺とエヴィはクラークの作戦を聞き、陰から出て再び老婆の前に立った。
「なんだ、逃げたんじゃなかったのかい」
「仕事合間の休憩さ」
リボルバーを取り出した瞬間、引き金を引く。
三発目が右腕に風穴を開ける。
不快感を
エヴィの方へ振り向く。エヴィは頷くと、麻袋を手渡す。俺はそれを持って老婆の方へと走り出した。
「バカめ……! 自害しに来たか!」
「今から面白い曲芸を披露してやる、瞬きするなよ」
近くなればなるほど勢いの強い竜巻に突っ込み──
俺は跳んだ。
風の流れに身を任せ、竜巻の頂上に到達する。
少し真ん中の方へ向かうと、そのまま落下した。
老婆が目を見開いてこちらを見上げている。
その驚愕の表情に、俺は麻袋を投げつけた。
輝く粉塵。阿鼻叫喚の老婆。そこに着地した曲芸師……もとい俺は、引き金を三回引いた。
銀の弾丸は老婆の体のあちこちを突き抜け、黄色く汚れた突風が収まると、そこには苦しみ悶えて六つの風穴を開けた老婆とリボルバーを構える俺だけが残った。
「言い残すことがあれば、怪異の専門家として耳を貸そう」
「おのれ……おのれおのれおのれおのれ!」
銃声が轟く。
額を撃ち貫かれた老婆は"塵"となって風に吹かれ、消えた。
三人は事務所に向かって歩き始める。
「まさか目の壁(台風の目のこと。英語ではeyewallと呼ばれる)を利用するとはな……」
「まあねー、策士のソフィアちゃんにかかればこんなもんよ!」
「俺の身の安全は考慮されてなかったが?」
「アルゲントならなんとかすると思って!」
「俺をなんだと思ってんだ……」
俺とクラークの掛け合いにエヴィはくすりと笑う。
「すごかったですよ、ウォードさん! おつかれさまです」
「ああ、エヴィもお疲れ様」
事務所に着き、三人は向かい合って座る。
「改めまして、エヴィ・マイヤーです、ってウォードさんはご存知ですよね」
と名乗ると、マスクとフードを脱ぐ。
そうして姿を現したのは、十歳ほどのブラウンヘアの可憐な少女だった。
「か……」
「?」
「かわいい!」
クラークがエヴィを抱きしめる。
「ク、クラークさん!?」
「こんなかわいいのにペストマスクとローブなんて着てたらもったいないよー!」
「こ、これはウォードさんのアイデアで……」
「どーゆこと?」
「それはエヴィが話したほうがいいかもしれないな」
「そうですね、いろいろお話ましょうと言いましたし、わたしの身の上話と合わせてウォードさんとの出会いについてもお話しますね」
わたしは小さい頃から頭が良かったそうです。なかでも医学に適性があったみたいで、わたしも「お医者さんになって人を助けられるなら」と勉強に励みました。わたしの家は母とわたしの二人暮らしでしたが、穏やかで楽しい生活を送っていました。
でも、別れって突然なんです。母はわたしを置いて旅立ってしまいました。病気で。
わたしはますます医学の道に進む決意を固めました。たくさん勉強して、そうして薬剤師として働くことが出来る、となった時にわたしは倒れてしまいました。無理が祟って風邪を引いてしまったんでしょう。おじいちゃんとおばあちゃんがお世話をしてくれましたが、体が弱ると心も弱るもので、わたしは暗い気持ちで寝たきりでした。
この子との出会いは、その時です。
窓を叩く音が聞こえたので、そちらを見ると、きれいな白い鳥が窓辺に立っていました。窓を開けると肩に乗ってきて、なんだかかわいらしかったのを覚えています。
しかも、その子はただの鳥ではありませんでした。肩に乗った時、気分がとてもよくなったんです。わたしは医学は心得ていたので、風邪が治ったんだということは分かりました。ただ、そんな不思議なことですから、その時は白い鳥のおかげだとは思いませんでした。
その子に「メディ」と名前を付け、しばらく一緒に過ごしていましたが、ある時外に出たきり帰ってこなくて。暗い時間だったので心配して外に出ると、メディと一緒に男の人が歩いてきていました。
「君がこの小鳥の飼い主……かな?」
「はい、そうですが……」
「なるほど……よかった」
「?」
「おっと、自己紹介がまだだった、俺はアルゲント・ウォード。仕事は……そうだな、人とお化けが仲良くするためにいろいろやってるんだ」
「人とお化けが……仲良く?」
「ああ、それで……この小鳥は? 『ついて来い』とばかりに案内されて来たんだけど……」
「メディが……?」
メディは誇らしげにしている……ように見えました。ウォードさんに聞いた話と合わせると、ウォードさんが怪異とお話しているのを見て、わたしに必要な人だと判断したんだと思います。
それからわたしはウォードさんに「怪異」についていろいろなことを教えてもらいました。
その中でメディが「カラドリウス」という病を治す神鳥だということも知りました。
「……そうしてわたしも薬剤師兼怪異と人の仲を取り持つ仲介人として活動しよう、となったときにウォードさんが『うら若い少女がそのままの姿だと危ないだろう』ってことで、このマスクとローブを身に着けることになったんですよ」
話し終えたエヴィがぎょっとしていたので、エヴィの視線の先を見るとクラークが号泣していた。
「エヴィちゃん、大変だったね……!」
そう言い、クラークはエヴィを再び抱きしめた。
「ク、クラークさん、苦しいですよ」
「だって、だってぇ……」
「やれやれ……」
二人が帰った後、書物を漁る。今回の怪異について調べるためだ。そうして二時間ほどして、ようやくそれらしき記述を見つけた。今回はその怪異の記述を以て終わりとさせていただく。
ファド・フェレンは、病の化身とされる怪異である。老婆として描かれ、髪・歯・まばたきをしない目は黄色に染まっている。この怪異の記述は非常に少ないが、下は地面まで、上は空高くまで届く雲の柱となって巻き込んだ生物を病で死に至らしめたとも、見ただけで死に至るともされる。(後者が正しければ俺たちは死んでいたのだろうか……?)
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