Case5-a




 吹き荒れる風。さらされ、病魔と共に舞う。




 とあるビルの一室。俺はいつものように新聞を読んでいたが、どうにも目が滑る。


(ルベルのせいだ……)


 俺は以前、吸血鬼ルベルとこの部屋で話した、怪異とミストリーについて考え込んでいた。


「だめだ……今日は依頼が来るまで寝よう……」


「オレは仕事をしてるってのにかー!」


 リックが怠ける俺に怒鳴りつける。


「依頼が来るまでは仕事は始まって……」


 ドアをノックする音。


「どうぞ、お入りください」


 態度を切り替えた俺を睨みつけるリックを無視し、依頼人に応じ──


「おっはよー!」


「…………」


 さて、依頼を待つ間、仮眠でも取ろう。今日は風が強いのか、窓が不規則に揺れている。眠れるだろうか……。


「明らかに私と分かった瞬間落胆したよね!?」


 リックが俺を睨みつけ、俺がソフィアを睨みつけている状況。

 ここでソフィアがリックを睨みつけると不和の三角形が結ばれてしまう、というところでソフィアが切り出す。


「そういえば、ここに来る前に不思議なすごい子に会ったんだよね!」


「不思議なすごい子?」


「そうそう、私が家を出た後……」


 以下、ソフィアの証言。

 朝、家を出たクラークが電車に乗っていると、途中の駅で電車が止まった。アナウンスによると、どうやら一人の男が具合を悪くしたらしい。車両の外を見ると、駅員や車掌がその男を運び出して対応をしていた。

 と、別の車両から人影がそちらに向かっていった。その人影は小柄であったが、とても風変わりな格好をしていたそうだ。


 黒いローブを身に着けフードを深々と被っていたが、それよりも目立つのは黒死病の医師が身に着けるような鳥を模したマスク。


 どう見ても怪しいその人物であったが、男に近づき何かを飲ませた……かと思うと、男は何事もなかったように起き上がった。

 周りは騒然としたが、そのローブの人物(目立つマスクの人物と言うべきか?)は車掌に運転を再開するよう促したらしく、しばらくして電車は再び走り始めた……


「鳥のようなマスク、ペストマスクってやつか」


「そうそう、すごい怪しかったけど結局男の人はその後も何事も無かったみたい」


「まずどうやってその姿で電車に……いや駅に入れたんだ……」


「車両はそんなに多くなかったから気付くはずだし……まあ乗る時にフードもマスクもしてなかったらまだ自然かも、だけどね」


「ふーむ……」


 俺にはその人物に思い当たる節があった。というかそんな奇抜な格好の人物が何人もいては困るのだが。


「ま、いずれ会うか」


「どうしたの?」


「いやなんでも」


 その時、大きな音を立てて窓が揺れた。二人と一匹の視線が集まる。俺は窓に向かい、外の様子を見る。風が強く、木々が揺らいでここにまでざわめく音が届いていた。しばらく見回していると、遠くの方に普段見かけないものがあった。

 黄色く色が付いて見える風が、渦巻いて柱のようになっていた。


「……普通じゃないな、あれは」


「あれ……なに……?」


 俺は自分の席に戻ると、準備を手早く済ませた。


「じゃ、行ってくる」


「あ、私も」


「付いてこないほうがいいと思うぞ、どう見ても危ないだろ……あれは」


「今までも危なかったけど?」


 ため息をつく。何が何でも付いてくる気か。

 ドアノブに手をかけ、部屋から出ようとする。


「おい銀弾撃ち」


「ん?」


「こいつも無しにどうするつもりだ」


 リックがリボルバーを投げる。


「おっと、確かに忘れちゃまずいな」


 俺とクラークは外へ出た。吹き荒れる風のせいで足が重いが、一歩ずつ確実に黄風の柱へと向かっていった。だがこの風、ただの風ではなかったようだ。

 生暖かい風に吹かれていると、だんだんと気分が悪くなり始めた。何とも言えないつかえが引っかかっているようだ。歩を進めるたび、その症状も強くなっていく。つかえが身体の芯を突き刺す。

 ついに二人の足が止まった。立つことも難しい。


 足音が聞こえる。前から何かが近づいてくる。



 黒いローブを身に着け、鳥のような面を着けた小柄な人影。



 死神。

 そう思った。しかしそれは、全くもって逆の存在だった。

 近づいてきたその者は、しゃがみ込むと肩から下げた鞄から何かを取り出す。錠剤のような物だった。その錠剤と水筒からコップに注いだ水を二人に手渡す。俺はそれを飲む……すると、途端に気分が良くなった。クラークも飲み、体調が良くなったことを確認したペストマスクの人物は安堵した様子を見せる。


「間に合った……」


 少女の声。


「あ、ありがとう……あなたは……今日の朝、駅にもいた……?」


「見られてましたか……そうです、その人です」


((その格好、すごい目立つけど!?))


「本当に助かった、ありがとう」


「いえいえ! あ、あの」


「ああ、久しぶり、エヴィ」


「! 覚えててくださったんですね……」


 クラークが怖ず怖ずと話しかける。


「あ、あの〜お二人はどういった関係で……?」


「そうだな……エヴィは「後輩」、みたいなものかな」


「後輩?」


「はい、ウォードさんにはいろいろとお世話になりまして……ありがとうございました」


「エヴィも医者として頑張ってるみたいでよかったよ。それより……どうしてここが?」


「この子が教えてくれたんです」


 エヴィの肩に白い鳥が降り立つ。


「鳥? エヴィちゃんが飼ってるの?」


「そうですね……この子は仕事仲間であり友人であり、といった感じです」


「なんだか白くて神々しい子だね!」


「この子はですね……」


 話し込んでいるところに俺がこほん、とわざとらしく咳払いをして割り込む。


「会話に花を咲かせているところすまない、続きはこの事象を解決してからにしよう」


「そうですね! 少し急ぎましょう!」


 一人と一匹が増えたところで黄風の柱へ。


 しばらくして、俺たちは柱へと到達、いや、

 柱なんてものではなかった。




 穢れた黄色の風が渦巻く。それは、皆が知る物語とは異なり、天に届いたバベルの塔のようだった。



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