Case4
夢のような景色の中、黒馬は駆ける。
走り去った後には、悪夢のような光景が広がっていた。
「おっはよー! 依頼入ったー?」
いつものように朝刊を読んでいるところから始めようとしたところに新聞記者が割り込んできた。もはや主人公の俺が文章の始まりを飾ることも出来ない。
「この新聞記者を静かにさせる依頼でも出すか……」
「??」
「うるさいぞ〜小娘」
リボルバーのメンテナンスをしていたリックが野次を飛ばす。
「おー、リックちゃんもおはよー!」
「……おい銀弾撃ちよ、この小娘はいつもやかましいのか」
「なあリックよ、妖精界に伝わる人を大人しくさせる魔法とかないか?」
「二人して無視しちゃってー! それより依頼は……」
「既に引き受けた、だからその準備を始めるとこなんだよ」
「オレはもう始めてるがな、のんきに新聞なんぞ読みやがって」
「情報収集、だ」
「私も手伝うよ〜」
「いや、準備するとは言ったが今回はあまり準備する必要はないかもしれないな」
「え、それはどういう……」
「今回現れたミストリーは “夢の中“ にいるんだ」
軽い準備を終え、二人は依頼人の家へと向かった。
「リックちゃんは来ないんだね」
「喋るうさぎなんて居たら事態がややこしくなる、そもそも依頼を手伝うとは言ってないしな」
そう話していると家に着き、ドアベルを鳴らす。しばらくすると扉が開き、中から女性が出てきた。
「怪異探偵さんですね、どうぞ中へ」
「もう怪異探偵でいいんじゃない?」
「……」
家へ入り、一つの部屋に通される。
子供らしくも綺麗な部屋だが、様子のおかしい箇所が一つ。
ベッドの上で少女が寝ているのだが、とても苦しそうだ。
「魘されてる……?」
「ああ」
案内してくれた女性、この少女の母親は悲痛な声で改めて依頼する。
「数日前からずっとこうなんです……! どうか、どうか助けてはもらえませんか……!?」
この少女が魘され始めたのは4日ほど前かららしく、それ以前は普通に過ごしていたそうだ。しかし朝起きてこなかったので不審に思い、部屋へと入るとそこにはベッドで苦しそうにしている娘の姿があったという。病院にももちろん連れて行ったが、身体に異常は見られなかったそうだ。
「相手は夢の中って言ってたけどどうするの?」
「見たい夢をみる方法、なんてのは様々だが人の夢に現れる事が出来るのはそれこそ不可思議な存在くらいだろうな」
「え、それじゃあ……」
「ま、ないわけでもない」
俺は鞄から自分の写った写真を一枚取り出す。
「見たい夢を見る方法の一つ、『夢で見たいものを枕の下に置く』を応用するんだ」
写真を枕の下に置き、部屋の角に向かうと壁にもたれかかるようにして座る。そのまま瞼を閉じた。
「今から何をするの?」
「枕の下に写真を置いたからこの子は俺の夢を見る、そして俺が寝ることで夢が繋がるんだ」
「そんな方法で行けちゃうんだ……」
「じゃあなんかあったらよろしくな、おやすみ……」
「え! ちょっ──」
意識が薄れていき、視界は暗くなっていく。
目が覚めると……いや、夢の中でこの表現はおかしいか。目を開くと、そこは幻想的な場所だった。
薄い桃色に染まった空の下、花畑が広がっている。まさに"夢のような"場所。
「さて、ミストリーを探すか……」
辺りを見渡していると、遠くに黒い動く物が見えた。
あれは……黒い馬だ。だが様子がおかしい。
夢のような景色の中、黒馬は駆ける。
走り去った後には、悪夢のような光景が広がっていた。
黒馬の後ろは赤黒く歪み、ヒビが入るようにして景色が崩れていた。
「思ったより早く見つかった……」
だがそちらには向かわず、さらに辺りを見渡す。
すると、小さな丘とそこに聳える巨木があった。
そちらに向かっていくと、木陰で寝息を立てている少女がいた。
「よかった、夢の主だ」
人によって景色や物が変わるが、一応夢を見ている主がいることからこの丘は夢の中心部らしい。ここにあのミストリーが辿り着いてしまうと、恐らくこの夢は悪夢で染められ二度と目覚めないだろう。
そろそろ、あのミストリーはなんなのか説明するとしよう。
ナイトメア、直訳すると悪夢。ただしここではその単語そのものではなく、怪異として紹介する。「night」が夜、「mare」が雌馬という意味で、合わせると「夜の馬」。ナイトメアはいわゆる「夢魔」という夢の中に現れ悪さをする悪魔の一種であり、「サキュバス」や「インキュバス」と聞けばご存知の方も多いのではないだろうか。そちらは夢の中で淫らな行いをする怪異だが、ナイトメアは人の枕元に立ち、悪夢を見せる怪異という違いがある。
少女の安否は確認できたので、情報を共有するために優しくゆすって起こす。
「うーん……?」
「目が覚めたか?」
「ん……お兄さんは……?」
「俺はアルゲント・ウォード、夢に閉じ込められた君を助けに来たんだ」
「わたし、夢に閉じ込められてたの?」
「ああ、あそこに黒い馬が見えるだろ? あれが君を閉じ込めているお化けなんだ」
「どうすればいいの?」
「俺が退治するから心配しなくてもいい、ただ君にもついてきてもらいたくて」
「え、わたしも?」
「ああ、離れ離れになると君の身を守り切れないかもしれないからね、戦うことになったら離れて隠れていてくれ」
という訳で少女と共にナイトメアの元へ向かう。ナイトメアが走り回り続けた結果、辺りはほとんど崩壊していた。
「大分荒らされたな……」
俺はまだ影響を受けていない場所に向かい、少女には少し離れた草むらに隠れてもらうことにした。
しばらくして、ナイトメアがこちらへと向かってきた。こちらに気付くと立ち止まり、大きく嘶いた。
「さて、ようやくか」
リボルバーを取り出す。どうやら夢の世界に持ってこれたのはこれだけ、つまり小細工無しでの戦いだ。
敵意を感じ取ったのだろう、ナイトメアが突っ込んでくる。横にひらりと避けると同時、リボルバーを撃つ。
その時、妙なものが見えた。
撃たれた箇所が渦巻いて広がったのだが、そこからは自身の体とは真逆の白い体が見えた。
(どういうことだ……? まさか)
俺は一つの仮説を確かめるため、ナイトメアの真正面に立つ。突っ込んでくるナイトメアの額の中心に向かってリボルバーを撃つと、撃たれた箇所が渦巻いた後にそこから角が伸びてきた。
「やっべ……」
間一髪で横に飛ぶ。
撃たれた箇所は何事もなかったかのように戻り、角なんてなかった。だが間違いない、ナイトメアの中には別の何かがいる。
角の生えた馬……そういえばそんな幻獣がいたな……
ユニコーン、額の中央に1本の角が生えた伝説の生物である。獰猛ではあるが人の手で殺めることが出来るとされているため、どちらかというと今で言うUMA(未確認動物)に近いのかもしれない。今でこそ馬に角が生えているといったシンプルな見た目で知られているが、元々はライオンの尾、ヤギの顎鬚、二つに割れた蹄、そして特徴的な螺旋状の角を持った生き物と考えられていた。また、その角には解毒作用があるとされたため、イッカクの牙がユニコーンの角と偽られてとても売れた話は有名だろう。
一度草むらに身を潜め、ナイトメアが俺を見失った後に少女の元へ。
「すまない、手伝ってほしいことがあるんだ」
「なあに?」
「一緒に来てくれるだけでいいんだ」
少女の手を繋ぎ、ナイトメアの元へ。こちらに気付いたナイトメアは突撃し……ようとしたが、突然その場で暴れ出した。少女を後ろ手に隠し、様子を窺う。ナイトメアは暴れ続ける。恐らく中のユニコーンが抵抗しているのだ。
ユニコーンは純粋な女性に懐くとされている。これは推測の域を出ないが、この少女に吸い寄せられるようにしてやってきたユニコーンに方法は分からないが、同じ馬の怪異であるナイトメアが取り憑いたのだろう。
銀の弾丸を使って倒すことは出来る。だがそうすれば伝承として伝わる生物であるユニコーンもただでは済まない。ユニコーンは獰猛な生物だが、この少女に懐いているならば話は別だ。
「あの中にはいいお馬さんが閉じ込められてるんだ」
「そうなの? どうしたら助けてあげられるの?」
「俺が手伝うから乗ってあげてほしい」
「わかった!」
俺は周りを見て樹木を探す。だが見つけられたのはあの丘に生えている巨木のみ。
あそこにナイトメアを誘導するのは気が進まないが、一か八か賭けてみるとしよう。
少女を抱えて丘へ向かう。ナイトメアが追ってくる。
少女に少し離れたとこへ向かうように言い、巨木の前に立つ。
向かってきたナイトメアの額に向かって弾丸を撃ち込み、横に避ける。
再び伸びた角は見事に巨木に刺さり、角の生えたナイトメアは身動きが取れなくなったのであった。
少女を手招きで呼び、ナイトメアの背に乗せる。
初めに角に纏わりついていたナイトメアが霧散する。そこからナイトメアはどんどん霧となって散っていき、やがてそこには美しい一角の白馬が残った。
少女を降ろすと、ユニコーンは頭を少女に擦り寄せる。
角が刺さんないよう気をつけろよーと言うと、当然だと言わんばかりに
徐々に視界がぼやけていく。
目覚めるとクラークがこちらを覗き込んでいた。
「わー!?」
突然目を開けた俺に驚いたのか、後ろに飛び退いた。
「……夢の世界も楽じゃなかったな」
「お、おかえり」
横を見ると母親は少女に抱きついていた。どうやら目覚めることが出来たらしい。
と、少女が話しかけてくる。
「お兄さん、あの角の生えたお馬さんは?」
「残念だけどここにはいないんだ、ただ……」
「ただ?」
「君が夢を見るときにきっと出てきてくれるさ」
事務所まで戻るとリックが遅かったな、と声を掛けてくる。
俺は「今回はほとんど使わなかったぞ」と、リボルバーを預ける。
「……三発だけ使われてるのは?」
「少女の夢を守るため」
「どういうことだ……」
リックは呆れつつメンテナンスを始める。
「ねーそろそろ何があったのか教えてよー」
「今からファイルにまとめるからそれを読んでくれ」
夜、パソコンに向かって今回の事件について書きつつ、俺は考えていた。ミストリーが幻獣に取り憑いていたというこれまでに類を見ない現象についてだ。
(ミストリーが取り憑こうとしたとして、ユニコーンの神聖な角がそれを許すだろうか……? そもそもミストリーとそれ以外の不思議な存在の違いはなんだ……?)
「ずいぶんと悩んでいるようで」
「!?」
聞き覚えのある声に椅子から立ち上がりリボルバーを構える。
正面には吸血鬼ルベルが立っていた。
「なぜここに……鍵は掛けていたはずだ」
「吸血鬼は許可さえ頂ければお部屋に入ることができますからね」
以前人間を偽って依頼しに来た時か。
「……結界を張り直す必要があるな」
「ええ、ええ、次からはそうするとよいでしょう」
「まさかここで一戦交えようという訳じゃないだろ」
「もちろん、今回は共にミストリーについて討論しようではありませんか」
「ミストリーについて……?」
「怪異とミストリー、何が違うんでしょう?」
「同じ存在じゃないのか」
「あなたが解決した事件……そうですね、例えばウェアウルフとブラウニーに違いはありませんでしたか?」
「……なんでそれを知ってるかは聞かないでおいてやる」
俺は考える。
「ウェアウルフとブラウニー、元の伝承はあれどブラウニーは襲ってくるようなことはなかった、むしろ文字を書いて対話をする理性があった……」
「もうそこまでたどり着くとは、さすがは怪異探偵」
ルベルは意外にも真面目な顔になると、「ヒントを差し上げましょう。私は霧などに変身できますが、ミストリーではないのですよ」と言う。
「なぜそこまで助言する」
「おや? 私とあなたの目的は一致していると思っていましたが……」
「どこがだよ」
「私の目的は『怪異と人間が共存する世界』、あなたは?」
「……」
俺の目的も『怪異と人間の共存』、同じだ。
「ただ、私はどうしても人間の血が必要ですし、あなたも怪異と共存したいと願いつつも人間に害をなすものは排除せざるを得ない、相容れそうで相容れないですねえ」
「……」
「今日はここまでと……いや、業界の専門家に結界を張られては今日が最後になりますね、それでは」
もうルベルはいなかった。いや、本当にいたのだろうか、幻覚ではないかと思うほど現実味が無かった。
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