Case3-b


 クラークが声にならない悲鳴を上げる。


「……こんな深夜に社長自らお越しくださるとは。して……お口の周りに付いているその赤い液体は? ワインでもお飲みになられていましたか?」


「お恥ずかしい話なのですが、酒造業を営んではいますが私は飲めないのですよ。ただ……」


 意味もなく考える素振りを見せた後、ケラーさんはこう告げる。


「お酒と同じかそれ以上に酔える、実に美味なものは頂きましたよ」


「そうですか……」


 俺は懐からリボルバーを取り出し、構える。


「どうされましたか? 物騒なものを取り出して」


「三文芝居はやめにしよう、俺から始めておいてなんだがな」


「そうですね、では」


 ケラーさんは黒い外套を翻す。再び姿を現したときには様相が変わっていた。




 耳は尖って伸び、黒い瞳は赤く染まっていた。纏う外套の内側からは、何かが羽ばたく音が聞こえる。




 大きく姿が変わったわけではない。だがこの状況と姿だけでも正体は明らかだ。


 吸血鬼、もはや説明不要と言っても過言ではない怪異だ。その名の通り血を吸う不死の存在であり、その伝承は古くから世界各地で見られた。コウモリやネズミ、霧といったものに化ける変身能力を持ち、鏡に映らないとされている。一部の伝承にはなるが、家主に許可を貰わないと家屋に入れないと言った話もある。また、ブラム・ストーカーが執筆した小説「吸血鬼ドラキュラ」に登場するドラキュラ伯爵の姿は今や吸血鬼の代名詞としてよく知られている。


「吸血鬼……ケラーさんが?」


 クラークは未だ信じられないといった様子だ。


「俺は人間と怪異の間を取り持つために、怪異とだって出来るだけ話し合うつもりだ。だがその牙に付いた“血“を見る限り……どうもそうはいかなそうだ」


 言葉と同時に弾丸を放つ。


 銀の弾丸はケラーさん、いや、“ミストリー“ルベルの胸の中心を貫く。


「ほう……これが噂に名高い銀の弾丸! 怪異に対抗できる数少ない人類の叡智の結晶!」


 二発目が右脚を貫く。


「銃もさることながら腕前も素晴らしい!ですが……私に構っていてよろしいのですか?」


「……どういう意味だ?」


 後ろから呻き声が聞こえた。振り返るとクラークが今まさに崩れ落ちようとしていた。駆け寄って支える。顔色が青白くなっていた。原因を探るため見回すと首に何かが付いていたので、よく見てみるとそれは小さなコウモリだった。引き剥がして地面に叩きつける。


 三発目が左脚を貫く。


 ルベルに苦しむ様子は見られない。それもそのはず、このリボルバーから放たれる銀の弾丸は、七発命中させることで魔を祓うことが出来るという少々回りくどい代物なのだ。懐から十字架を取り出す。その十字架の長い方は鞘となって抜かれ、刃が現れる。その短剣となった十字架をルベルに向かって突き出す。


 横に避けたルベルの右肩を四発目が貫く。


 怯む様子もなく後ろに下がり外套を広げると、内側から大量のコウモリが現れた。向かってくるコウモリの大群を払いのけようとするが、何匹かは首や手といった素肌が露わになっている箇所に噛み付いてくる。一瞬視界が暗くなり、体の力も抜けていく。

 俺は飛び退いて地面に置いた鞄から瓶を取り出し、中身を飲む。するとあっという間に噛み付いていたコウモリは灰となって散っていった。


「聖水ですか、さすがは専門家といったところですかな」


 五発目が左肩を貫く。


 距離を一瞬で詰め、わざとらしく驚くルベルの腹部にリボルバーを突き付ける。


 六発目が腹を貫く。


 引っ掻こうとしてくる爪を下がって躱し、頭に向けて銃を構える。

 放たれた七発目の弾丸は真っすぐ放たれーー


 そのまますり抜けた。


「なに……!?」


 驚きを隠せない俺に「知らなかったのですか?」と言わんばかりの表情で話し出す。


「『吸血鬼は霧に変身できる』、そういえば変身していなかったなと思いましてね」


 もうシリンダーに弾は入っていない。弾を装填すれば仕切り直すことは出来る……が。なにせ霧に変われる相手だ、洒落でもなんでもなく“キリ“がない。


「一旦退いたほうがいいんじゃねえか?」


 ビール瓶から声が聞こえてくる。グレムリンだ。


「……この状況に関しては確かにお前の言う通りだ」


 鞄から小さな麻袋を取り出して結び目を解き、地に投げようとする。


「おっと、煙幕は使う必要はないですよ。今回は顔合わせということで」


「……チッ」


 ビール瓶を持ちクラークを抱え、俺は去っていった。


「ふふ、またお会いできる日を楽しみにしております」


 ルベルは外套で自分を隠すと、夜暗に溶けるように消えていった。




 三日が経った。事務所で朝刊を読んでいると勢いよくドアが開かれる。


「おっはよー!」


「ミストリーに襲われたとは思えねえ……」


「いやーほんとありがとね、助けてくれて」


「俺がミストリーと戦うことになったら下がっとけって言ってるだろう」


「あれはどうしようもなくない!? いつの間にかだったんだよ!?」


「まあ……それもそうか」


「朝からうるさいな人間」


「ん?」


 俺の机の上には新たにインテリア……もといグレムリン入りのビール瓶が置かれていた。


「あれー!? グレムリンちゃんじゃん! どしたの?」


「あの場の流れで持って帰ってきちまったからな、とりあえずここで様子見ってとこだな」


「いや、出せよ」


「そういえばなんであの時助言したんだ?怪異としてはあそこで人間を見放すべきだったんじゃないか?しかも自分を捕獲したやつならなおさら」


「無視すんな!……その銃」


「ん?」


 俺はリボルバーを取り出して見せる。


「人間が作ったにしちゃあ悪くない、しかもそいつぁ人を選ぶ」


「人を選ぶ……?」


「そんな代物が選んだ人間だ、まあ興味を持ったってとこだな」


「ふーん?」


「ニヤニヤ見るな! いい道具が壊れんのを黙って見てるわけにもいかねえしな、メンテナンスくらいはしてやらあ」


「その対価として何を要求するんだ?」


「そうだな……感謝しやがれ!」


「……それだけか?」


「人間の金やら食いもんやらをもらってもしょうがねえからな、怪異ってのは悔しいが人間の口伝から生まれんだ、グレムリンでいうと……感謝されるのが一番の対価よ」


「まあ、それでいいか」


 俺は瓶を逆さに持ち、何度も振る。するとグレムリンがいとも簡単に出てきた。


「よろしくねグレムリンちゃん! いや? うーん……」


「どうした、クラーク」


「グレムリンって種族の名前でしょ? この子自身の名前とかないの?」


「オレの名はリック! リック様でいいぞ!」


「よろしくね! リックちゃん!」


「ふざけんな! リ・ッ・ク・さ・ま!」


「リ・ッ・ク・ち・ゃ・ん?」


「……ケッ、好きに呼べ!」


 どうやらクラークの圧に押し負けたようだ。

 意外としたたかなんだよな。


「やったー! ミストリーの友達だ!」


「誰が友達だ!」


 全く、うるさいのが一匹増えた……




 時計塔の頂に、黒い外套を纏う男が一人。


「ふふ、銀の弾丸の射手……さすがの腕前でした」


 口元には笑みを浮かべている。


「『狩りの夜』……どう対応するのか見物ですね」


 男は消えていた。いや、元々いなかったのかもしれない。

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