第9話-3

 やがて7月に入り、期末テストも終わった。


 涙が枯れ果てることはないとしても、私はそれまで以上に歌を詠むことに集中した。

 

 華恋へのアドバイスも怠らず、第1回目のラジオの生放送で、彼女の短歌はめでたく、推しに読んでもらえた。

 それはそれは華恋に喜ばれ、その番組のハガキ職人になってみせると、ものすごいやる気だ。実際、彼女の歌は個性的で、おもしろいと思う。だからこそ、私も負けていられないと焦ってもいる。

 

 そうこうするうちに、飛行機の音やガス台の炎、オーブンの熱に感じる恐怖は、ちょっぴり和らいでいった。

 ソラさんを忘れてのことではない。ソラさんが夢に出てきて、「小春ちゃんのクッキーが食べたい」、そう、ねだられたというきっかけもある。


 それに、たとえて言うなら、映画や舞台を観た衝撃や感動が、さびしいけれど日に日に薄らいでいくのと、どこか遠からず似ているようにも思える。


「そうやってオレたち、大人になっていくのかもしれないな」


 打ち明けたら、涼介はもっともらしく返してくれた。それが大人になるということなら、なんてせつないものだろう。


 忘れたいことも、忘れたくないことも、時間が忘れさせていく。

 時間は冷たく残酷で、だけど誰にでも平等に存在し、やさしい。

 涙を乾かす効果もあることは、身をもってわかっている。


 私はずっと立ち止まっていた。ずっと子どもでいたかった。

 それなのに、ソラさんといるときの私は、早く大人になりたかった。

 

 今は高校生という年代を、じっくりゆっくり、味わいたいと思っている。


 涼介と陽彩という大好きな二人と笑いあいながら、今はもういない彼を、こっそりまぶしく思いだす日々だ。



 雨つづきの晴れ間の放課後、涼介と陽彩と3人で、久々に蔵カフェに寄った。涼介に、行こうと誘われた。

 陽彩には、ソラさんがもういないことを伝えてある。


「これ。小春が持ってな」


 正面にすわる涼介に差しだされたものは、ソラさんが持ち歩いていた、小さな手帳だった。

 私の隣で陽彩が興味深そうに、その黒い手帳を見つめている。


「どうして私に?」

 受け取って、表紙を見たままで訊く。

「ずっとさ、これを見せたかったんだ。傷心の小春に刺激が強すぎたらと思って、なかなか見せられなくて」

「傷心て……」

 そもそもソラさんは私を、妹くらいにしか思ってくれていなかったかもしれないし。

 私だって今思えば、ソラさんのことは、憧れのお兄さん程度の感情だったのかもしれない。

「とにかく最後のページ。手紙が書いてあって……悪いけど、読んじまったからな!」

 顔を赤らめて、涼介がそっぽを向く。


 恐る恐る目を通すと、そこには私の名が書かれてあった。


小春ちゃんへ


今迄實に、色々と有難う。

僕は、僕の世界へ歸る事に成ると思ふ。

そして此の「僕」としてはもう、君には會へないだらう。

だからこそ、來世に託す。

來世で又、君と出逢ふ爲、僕は僕の運命を受け入れる。

此處での事を憶へて居られないのだから、そうするしかないのだけれど。

此の世界で、ちゃんと腹を決めないと、此處での獨りきりの夜に、弱氣な僕が顔を出して堪らない。

だからこそ、こう思はせて欲しい。

大切な人と來世で出逢ふ爲、僕は一旦、此の「僕」を終へる。

然してやり直したい。

君との關係を、一から築きたい。

小春ちゃん。

言へなかった事が有る。言つたら終りだと思つて居た。

けれど、言はなければ傳はらない事が有る。

僕は小春ちゃんの事が大好きだつた。

此の想ひが有るから、僕は強く成れる。

又逢はん。

次は「涼介」として。


薄田蒼穹こと、杉田颯より


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