048話_フィオレル宮殿の朝
寝室の窓から差し込む朝日は、まだ淡く冷たかった。
「…んっ…うぅん?…そうか、ここは…」
セリアは重たいまぶたを押し上げ、ふかふかのベッドからゆっくりと身体を起こす。
窓越しに見えた外の世界に戦場の
鳥のさえずりと風に揺れる樹々の音だけが木漏れ日と共に部屋へ入ってきた。
この部屋で寝泊まりを初めて三日目。
今まで野宿や戦場での雑魚寝が多かったせいで、
未だに起きるたびに混乱してしまう自分がいた。
こんな静かな朝を、戦士としてどれだけ迎えたことがあっただろうか。
「うーん…よし!」
セリアは一度体を伸ばすと、
寝癖が少し目立つ銀髪を軽く束ねクローゼットへと歩き出す。
着替えるのはいつも戦場に出向く鎧や斧等の装備ではなく、
清潔で動きやすい藍色のチュニックとスリムパンツ。
クレセリアからはスカートを着るよう勧められたが、
どうも『可愛い』服を着る事に恥ずかしさを覚えてしまい、
結局女性用のズボンを自分専用に設計してもらったのだった。
そんな服に身を込めながら部屋を出ると、広大な通路はしんと静まっていた。
石造りの床は夜の凍りをまだ残しており、足音がやけに響き溢れる。
(……まだ起きるには早すぎたかな?)
そう心の中で呟きつつ、セリアの足は自ずと食堂へと向かっていた。
食堂までの道すがら、磨き込まれた柱や天井の装飾に目をやる。
「流石、第三皇女様の宮殿は違うなぁ…」
三日前、白狼団は正式に第三皇女クレセリア直属の傭兵団に任命された。
何かしら国王や第一王子からの妨害があるんじゃないかと
…とはいえ、兵士でも、ましてや騎士でもない荒くれの傭兵団が王城に居着くのは色々と周りの目が厳しかった為、拠点の移動が必要となった。
そんな時クレセリアに案内されたのが、
ルヴァン王都から南に少し離れた場所に建てられたこの宮殿。
そう、クレセリアがかつて暮らしていた離宮——『フィオレル宮殿』であった。
最初は「傭兵風情が皇族の離宮に住み着くなんて…」と心苦しくもあったが、そもそもクレセリアのお母様が亡くなられた後は空き家同然の場所だったらしく、クレセリアからも「どうせ誰も使ってないし、私の所有物だから都合がいいの。」と笑って説明されてしまった。
そう言われてはセリア達も引き下がるしかなく、
こうして白狼団は一時的にフィオレル宮殿を拠点とする事になったのだった。
(クレセリアはもう起きてるのか…無理してなければいいけど…)
クレセリアの自室を通り過ぎると、
既にマルチェロと何か話し合っている声が扉越しに聞こえてきた。
ここに来てからクレセリアは今後の戦の策を練っているらしく、
基本自室に籠りっぱなしであった。
一方、団員たちは警備や鍛錬を続けてはいるが、
戦場から離れた時間はどこか穏やかで、
どこかむず痒く居心地が悪いようでもあった。
セリア自身もまだ戦場の緊張が抜けきらないのか、
時折、ふとした平穏に落ち着かない気持ちを覚えていた。
しばらくして、食堂に着いたセリアが扉を開けると、そこにはすでに人影があった。
ジョーが台に食材を並べ、黙々と包丁を動かしている。
肉や野菜の切れ端が並び、微かに香辛料の香りが部屋に漂っていた。
その見慣れた姿にセリアは思わず小さく笑みをこぼす。
戦場に出ても、どんな平穏な場所でも、
彼の情熱は相変わらず料理に向かっているようだった。
「おはようジョー。今日も早いな~」
声をかけながら近づくと、ジョーは手を止めず軽く片手を振って返す。
そして小皿に盛った肉料理を差し出してきた。
「おはよう……これ、ちょっと味見してみて。」
「おっ!昨日から考えてたやつか。どれどれ……」
セリアは
一切れを口に放り込みしばし黙って味わう。
肉の旨味と、香ばしい風味、そして舌に残るのは鮮烈な酸味。
セリアは眉をひそめ、それでも正直に言葉を返した。
「……うん、十分美味しいけど……ちょっと酸味が強すぎるかもなぁ。」
その言葉を聞いて、ジョーは頭をぽりぽりと掻きながら
「酸味かぁ……どう抑えようかな…」と呟き食材たちを眺め始めた。
彼は別世界から来た“転生者”。
その腕と舌は確かに天才的だが、ジョー曰く、
どうもこちらの世界の味覚とジョーの味覚には微妙なズレが存在するらしい。
食材そのものも元の世界の物と似ているようで微妙に違っていたり、
そもそも存在しないから代用品で工夫する必要があるらしく、
調整は常に試行錯誤だった。
もちろん、そんな事をしなくても最初からジョーの料理は
仮に店で出したら誰もが舌鼓を打つほどの水準だ。
きっとこの失敗作も、
白狼団の朝食としてあっという間に平らげられてしまうだろう。
…むしろ白狼団の面々は、ジョーの“失敗作”にありつける機会をいつも伺っているらしいが…
ともかく、最強の料理人である“転生者”のジョーであるが、
料理に対する情熱と探求に終わりは無い様子であった。
「ジョー、こっちの食材は何に使うんだい?」
セリアは皿をジョーに返し袖をまくると、厨房に歩み入り彼の隣に並ぶ。
戦場を離れ、こうして料理の手伝いをするのも自然になりつつあった。
もちろん戦士としての腕は錆びさせたくはない。
だが今、包丁を握りながら覚える安らぎと、
ジョーとの『探求』の一時に、セリアは確かに心を惹かれていっていた。
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