044話_熟果のタルト・オ・ミエルとトリュフの花蜜ソース
扉が静かに開き、マルチェロが両手で慎重に最後の皿を運び入れてきた。
その足取りは、まるで貴重な芸術品を
皿に乗った料理が放つ
「こちら、本日最後の料理……
《
──干し
デセール…食後の
マルチェロが二人の前に皿を置くと、クレセリアは思わず息を呑んだ。
「凄い……食べ物とは思えないくらい綺麗……」
皿の中央に
その表面には
タルトの縁には緑のハーブが添えられ、まるで
近づくと、熟した果実と花蜜の甘い香りがそっと
マルチェロは
「
まずパイ生地には粉砕したクルミやリスの木の実を混ぜております。
使用しております果実は、王都南部の果樹園で完熟した干し葡萄と、
焼きイチジク、栗の実に砂漠アンズを使用しております。
そして蜂蜜は王都近郊の森で採取された純度の高い
加えて、ソースには幻香トリュフを煮詰め抽出した“
野花の蜜とラベンダータイムを混ぜて再度煮詰めた
砂糖は一切使用せず、素材本来の甘さを引き立てるよう低温で
じっくりと火を通し、香りを逃さぬよう仕上げいたしました。」
説明を終えると、マルチェロは二人のグラスに軽い甘口ワインを注ぎ、
深々と一礼して空いた皿を片付け、静かに部屋を後にする。
ザイロンはグラスの縁を軽く指で撫でながら
(砂糖をほとんど使っていないらしいが……どれほどのものか…)
と心中で呟き、フォークを手に取った。
同時にクレセリアも
(この美しさ……壊してしまうのが惜しいわね…)
と胸の内で呟き、そっとフォークを差し入れる。
そして、ふたりは同時に口に運んだ。
次の瞬間、クレセリアは思わず瞳を閉じ、全神経を味覚と嗅覚に集中させる。
──しっとりとしたパイ生地が舌の上で解け、熟果の濃厚な甘酸っぱさが口全体に広がる。
その酸味を受け止める蜂蜜の上品で丸みのある甘さと、
花蜜ソースの芳香が鼻を抜けて余韻を残していく。
口いっぱいに広がる香りと味わいに、クレセリアはうっとりと瞳を細めた。
そして甘口ワインを口に含むと、
果実の酸味とワインの柔らかな甘さが溶け合い、思わず頬が緩む。
(凄い…砂糖を使っているとは思えないほど…
いえ、砂糖を使っていないからこその上品さなのかしら…)
ルヴァン王国だけでなく、
ヴェルトゥス大陸全体で砂糖は『食べる砂金』と呼ばれるほどに高価な存在だ。
理由はシンプルで『ヴェルトゥス大陸に存在しないから』である。
その為、ノルド商会連邦を通して外の大陸から仕入れているのが現状であった。
それ故に「
貴族や王族が権力や富の豊かさを見せつける際に、
菓子を出す事は良くある事である。
…対低そういう際に出てくる菓子は、
砂糖をふんだんに使った…むしろ甘すぎると感じる程の物であるのだが…
この《熟果のタルト・オ・ミエルとトリュフの花蜜ソース》は甘すぎるわけではなく、かといって物足りないわけでもない。
むしろその甘すぎないという要素が他の食材の味を際立たせており、
上品な味わいを表現しているのだった。
一方のザイロンも、二口目を口に運びながら内心では驚きを隠しきれていなかった。
(……これは…予想以上に美味だ。)
甘いモノを好まぬ彼にとって、この控えめな甘さと香りの調和は心地よく、
まったく飽きが来ないどころか、むしろもう一口と欲するほどであった。
しばらくして、最後の一口を食べてしまう前に一度フォークを置き、
ザイロンは軽く目を伏せて考えを巡らせる。
(干し葡萄や保存果実……どれも安価で流通しやすいものだ。
思えば、これまで全ての料理に高価な食材は使われていなかったな…)
どれも安価で、中には庶民すら仕方なく食べている食材すらあった。
(料理全体を通して、疲弊したルヴァン王国を表現している……
しかし、それだけではないはずだ。)
そう考えていたザイロンの思考に、クレセリアの声が入り込んでくる。
「……お兄様、流石に砂糖を使わないスイーツは初めてなのでは?
クレセリアは、まるで自分が作ったかのように誇らしげに微笑んだ。
そんなクレセリアにザイロンは呆れたようにため息を吐く。
「まったく、まだまだ子供だな……驚きはしたが……」と言いかけたザイロンは、言葉を途中で止めた。
その瞬間、ザイロンの脳裏に閃光が走る。
(私は全ての料理に“新しさ”を見た……それも未知の食材ではなく、
馴染み深く…時に貴族が口にしないような安価なものを使いながら……
これは、『知恵と工夫で国を変える』という表現、そして私への宣言か……!)
ザイロンは、笑顔でタルトを味わうクレセリアを鋭く見据えた。
(お前ならそれが出来るというのか…?
この料理のように、知恵と工夫で世界に変化を与えられるとでも?)
「……?どうしました?」
視線に気づいたクレセリアが首を傾げる。
ザイロンは数瞬、言葉を探すように口を閉ざし、やがてフッと笑った。
「……いや、美味しい料理だった、と思っただけだ。」
そうザイロンは言いながら、最後の一切れを口に運んでいく。
「そうですか……それは良かったです!」
クレセリアは安堵したように微笑んだ。
しかしその心の奥底では(何か、お兄様の様子が……)という違和感が静かに芽を出していた。
その時、扉をノックした後、再び扉の開く音が部屋に響く。
そしてコーヒーのカップを持ったマルチェロが一礼をしながら入ってくると、ザイロンの傍らに立つ。
「ザイロン様、今宵の夕食はいかがでしたでしょうか?よければコーヒーでも……」
「マルチェロ、一つ良いか?」
マルチェロが少し驚いたように問い返す。
「えぇ、何でございましょう?」
ザイロンはグラスを置き、真剣な面持ちで告げた。
「──これらの料理を作ったシェフを呼んでくれ。」
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