041話_一時の食休み

静けさが戻ったテーブル。

互いにスープの余韻を口内に残したまま、しばし言葉を交わさずにいた。


やがてクレセリアがゆっくりとワイングラスを置くと、

わずかに作ったような笑顔を浮かべて口を開いた。


「……転生者?一体何のことでしょうか、お兄様?」


ザイロンは、ふっと鼻で笑うと、呆れたように首を振った。

「昔から……嘘が下手だな、おまえは。」


クレセリアは目を逸らさなかった。

しかし、額には汗が滲んでいた。

(バレる前提ではあったけど……まさか、こんなに早く気付くなんて…)


そんな妹の様子を見やりながら、ザイロンは手元のグラスを揺らす。

「しかし……“世界を変える力”を持つと伝えられる転生者の中で、まさか料理人を拾うとは…」


その呟きは、自分に言い聞かせるようでもあった。

だがその肩が、震え始める。

「……クク……ハハ……」

ついには、笑いが込み上げてきた。

「フハハハハッ!! これは傑作だな!かつて転生者には世界を統一しかけた魔王までいたというのに、満を持して披露してきたお前のは──ただ料理が上手い程度の人間か…?」


クレセリアの眉が僅かに動いた。

悔しさに唇を噛みそうになるも、すぐに表情を整えゆっくりとワイングラスを持ち直す。

と判断するのは軽率ではございませんか? お兄様の程度が知れてしまいますよ?」

その声音は穏やかで、だが挑発的だった。


ザイロンは笑いながらも、その返しに目を細める。

「強がりはよせ。……まぁ、心優しいクレセリア様には、相応しい転生者ではあるな。」


嘲笑混じりの言葉に、クレセリアは表情を崩さなかった。

ただし、その奥で、言葉を探していた。


だがその頃、ザイロンはすでに別の計算を始めていた。

(……だが、文化や経済に影響を与える可能性はある。)


たとえば──

今までにない料理が現れれば、特定の食材への需要は急激に変化する。


それが自国、および他国でしか手に入らない物だったなら……

商流が変わり、勢力図さえ塗り替える可能性もある。

(特定の食材が戦略資源に変わる日も近い──いや、すでにその兆しはある。)


大陸西海岸に広がる商業連邦国家『ノルド商会連邦』は、

あらゆる陣営に物資・情報を売って儲けを得ている他に、

独自ルートで大陸外からの貴重な香辛料や

茶葉を輸入して、貴族たちに売り渡している。


それによって、海を持つという利点故に他国から侵略されかねないところを、

『攻めて来たら貴重な食品が手に入らなくなる』という脅しで、

実質不可侵状態を維持しているのだった。


ザイロンはワインを一口含む。

その香りと共に、冷静な思考を深めていく。


(ただし……この変化はあくまで“平和な国”の話だ。

 戦乱の最中に、誰が“美味うまい飯”のことを考える?)

フッ、と鼻で笑い、首を軽く振る。


たとえば野戦食や戦闘食…

現在は干し肉や硬く焼いたパン等が携帯食料として一般的であるが、

もし『美味い携帯食料』が作られてしまえば、

軍の中で食糧の奪い合いや盗みなどが発生してしまうだろう。


また、故郷で美味い飯に慣れてしまえば、

戦場での飢えや食料の乏しさに精神的疲労を負ってしまう場合もある。


この戦乱の世で『料理が美味い』というのは、時としてあだとなるのだ。


(なにより──この料理は圧倒的に“量”が足りない。

 味は確かに絶品だが…恐らく調理工程が複雑で、大量生産が不可能なのだろう。)


つまり、この料理は“転生者”本人にしか作れず、“戦場”には不向きという事だ。


(……だが、もし──この国が“平和”であったなら。

 この者の力は、王さえも凌ぐ“影響力”を持っていたかもしれんな…)


そう思いながら、ザイロンはクレセリアの方を見て、

わざとらしいほど余裕の笑みを浮かべる。


その笑みを見たクレセリアは、内心で息をつく。

(……あの様子だと、まだジョーの料理が『危険』とは思われていないみたいね…)


それは幸運でもあり、事前の『隙』を作る作戦としては、

未だ成功していない事を意味していた。


(何か……私の方でも、早めに手を打たないと……)


そう考えを巡らせていると──


カチャリ。

扉の音と共に、マルチェロが新たな皿をたずさえて入室する。


「お待たせいたしました…こちら、本日のメインディッシュとなります。」

マルチェロの言葉と共に、温かな湯気をまとった皿が二人の前へとそっと置かれる。


湯気の隙間から覗く、濃厚な赤と褐色。


「……これは……!」

クレセリアの驚愕きょうがくの声。


思わず視線を上げると、マルチェロはにこりと笑みを浮かべた。



「《山鹿やましかの赤ワイン煮と干し麦のア・ラ・ルヴァン》

 ~焦がし根菜とラズベリー・ソースを添えて~にございます。」


その言葉に、ふたりは思わず顔を見合わせる。


その料理の見た目は、まさに『肉のワイン煮込み』。


そう──この料理は、

明らかにの、それも古き名残を留めただった。



今までの皿とは異なる“正統”の香りに、

二人の胸にはそれぞれ別の衝撃が走っていた。

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