037話_調理戦線異状なし

クレセリア達が見知らぬ料理に困惑していた頃…

マルチェロの部屋では慌ただしい空気が続いていた。


「――白胡桃しらくるみの処理終わった。潰しすぎず、わずかに食感が残るように砕いてね~。」


平然と指示を飛ばすジョー。

そんなジョーの調理に、セリアは必死の形相でついて行っていた。

「りょーかい! バジリスクのスライスここに置いとくよ!」


以前寝たのはいつだっただろうか…

セリアは眠気でまぶたが重くなりつつも、軽快にジョーの指示へと返事をした。


(ここまで頑張ったんだ……絶対に、失敗なんてしてたまるか…)


脳裏に浮かぶのは、今朝からの怒涛どとうの調理と試作の数々。

鍋をかき回す音、フライパンのはぜる音、香草の香りに混じる汗と疲労。

疲労のせいか、視界の端がほんのりと揺れている気がした。

それでも、手だけは止めない。


砕いた白胡桃しらくるみを時折確認しつつ、

バジリスクの身の厚みを再度チェックしながら、セリアは息を整える。

隣では、すでにジョーが別の料理――ワインと食材を鍋で煮込む準備をしていた。


なんでこんな事になったのか…


目的だったコンソメスープは既に完成していた。

だが、スープの調理が終わったというのに、ジョーの手は全く止まらなかった。


セリアが気付いた時には、鍋には果実と香草の混合煮。

脇では、肉のソテーが始まり、奥では菓子らしき素材の準備までもが始まっていた。

そして完成した料理をセリアに味見させては、料理の感想を聞き続ける。


いやな予感がしながらも、セリアが味の微調整を提案しながら「お、おいジョー…夕食の時間まで寝といた方が…」と言ったが、ジョーはいつもの気だるげな声で応えるだけだった。


「いや、まだちょっとやりたい事があってさ……」


ミンチ肉の上に赤葡萄あかぶどうのジュレをかけながら、

ジョーは目の下のクマをそのままに微笑んでいた。


(えぇ……もしかして…いや、これからそんな事…しかしコイツならやりかねない……)


セリアは嫌な予感がしながらも、

彼の“やりたいこと”が何なのかを察しはじめていた。


そして、昼過ぎた頃に言われたあの言葉――

『スープだけじゃ面白くないから、フルコースを作ろうか!』


思い返すたびに背筋が寒くなる。

――アミューズ食前料理オードブル前菜料理メインディッシュ主菜料理デセール食後のデザート――


セリアにとって初めて聞いた言葉であり、未知の領域だったが、

それでも彼に付き従い、食材の仕込みから味の調整まで手探りで乗り越えてきた。

二日前の夜から、ほとんど眠っていない。体力は限界に近い。


(……もしかして、最初から全部作るつもりだったんじゃないのか?)


そう思った瞬間、背後からジョーの声が飛んできた。

「セリア! チーズ用意できたから、白胡桃早く!」

「わ、わかったよ!」


セリアは意識を再びボウルを中の白胡桃に集中しつつ、

次の工程である陽炎草かげろうそうの処理を思い出す。


部屋の隅では、バルトが酒を片手にこちらを眺めていた。

「お父さん!見てるだけじゃなくて手伝ってー!」

そう言いながら助けを求めるように視線を投げるも、

返ってくるのは悪戯いたずらっぽい笑みだけだった。


(チクショウ……やり切るしかない、か…)


セリアは小さく深呼吸をし、再び炎の前に立つ。

「はい白胡桃!そしたら陽炎草もあぶるよっ!」


その声に、ジョーがちらりとセリアを見て、わずかに口元を緩める。



クレセリアがザイロンと『言葉』で戦っている頃、

料理という戦場において、今、彼らも間違いなく最前線にいた。

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