035話_狂気は語る

「民族の最適化…それに、永遠なる統一…?」


ザイロンの放った言葉に、クレセリアは静かに驚愕をにじませた。

意味が掴みきれないまま、ただワインを片手に問い返すような視線を送る。


ザイロンはグラスを傾けながら、遠くの空を見つめるような目で言葉を紡ぎ始めた。

「……今でこそ弱小と化したが、大陸を統一していた頃のクシェリア王国は極めて完成された国家だった。領主は『転生者』である初代クシェリア王に監視され、民には平等の幸福が与えられていた……人類、亜人関係なく…だ。」


ワインの中の赤が揺れ、蝋燭の灯に照らされる。

その揺らぎはまるで、過去の幻を映すかのようだった。


「戦も無く、差別も貧困も無くなった。まさに理想郷……

 さて、クレセリア。 なぜそんなクシェリアは崩壊していったと思う?」


クレセリアは返答に迷い、慎重に言葉を選んだ。

「それは……お父様がルヴァン王国を建国し——」

「——違う、その前の話だ。」

ザイロンはかぶりを振ると、すぐに自ら答えを語った。

「理由は一つ。クシェリア王国がからだ。」

「平和に、漬かりすぎた……?」


「そうだ。初代クシェリア王が没した後、代を重ねるごとに民は平和に慣れ、傲慢になっていった。人類と亜人の間には能力差からくる不満が生まれ、領主達は互いの領地に不平を抱き、小競り合いが絶えなくなった。そして国家は、静かに、確実に腐敗していったのだ。」

言葉の端々に、冷笑と諦念ていねんが交じる。

ザイロンの眼差しはすでに、今を通り越して未来を見据えているようだった。


クレセリアは息を呑みながらも、毅然こつぜんと顔を上げ立ち上がる。

「ですが、それは歴史から学ぶべき過ちです!

 王が正しく導けば、平和を維持することは……」

「——だから、私が導くのだ。」

ピシャリと遮るように、ザイロンが告げる。


「クシェリアの失敗は、“平等”と“平和”を与えすぎたことだ。

 それらは人間を堕落させる毒だ。ゆえに、私はその概念がいねんを否定する。」


ザイロンは静かに席を立ち、窓辺に歩を進めると、外の闇を見つめながら続けた。

「まずはクシェリアを取り込む。

 そしてガルザル帝国を滅ぼし……亜人どもをする。」

「せ、整理……? いったい何を言っているのですか……?」

クレセリアの声がわずかに震える。

唇は乾き、喉の奥が強張る。


「亜人の数を調整し、人類より下の存在として定義する…奴隷として生かすのだ。

 その不平等の中で、人間は初めてを理解する。

 …身分という名の秩序。これが“民族の最適化”だ。」


クレセリアの心に、冷たい水が注がれたような戦慄が走る。

「そんなもの……亜人との対立を激化させるだけです!

 それに……平等を知らぬ民は、やがて民同士で差別と争いを始めます。」


ザイロンはゆっくりと振り返り、唇に笑みを浮かべた。

その笑みには、何もかもを見透かすような冷たさがあった。

「それが貴様の限界だ、クレセリア。私はその先を見る。

 “永遠なる統一”とは、この大陸を一つの国家として束ね、

 新たなる仮想敵を大陸外に定めることにある。」


「……大陸外?」

「そうだ。いずれ外の大陸と争うことになる…いや、争わせるのだ。五年、十年……軍備を整え、その時々で敵を定める。そうすれば、このヴェルトゥス大陸の民は外敵への恐怖と敵意を通じて団結を保ち続けるだろう。」


ザイロンはグラスのワインを飲み干し、静かに言い放った。


「それこそが“永遠なるルヴァン王国”の礎——

 “絶えず争うことで、統一を維持する国家”だ。」


クレセリアはその言葉の持つ異様さと重みに圧倒され、

ただその場に凍りついたように立ち尽くす。



目の前の兄が見据える未来——

そこには恐るべき“狂気的な理想”が、静かに、そして確かに燃えていた。

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