033話_ジョーの不穏な企み

爽やかな朝から、暑さのうだる昼に移りつつある城内。


外では使用人達が各々仕事をしていたり、

文官達が議論を飛ばし合う声が響き渡っていた。


そんな晴れやかな昼前だというのに、マルチェロの部屋の中は、

まるで戦が終わった後のように死んだ空気を漂わせていた。


昨日から作り続けていたスープの仕込みがようやく終わり、

厨房の片隅でセリアは大きく背伸びをした。


「ふあぁ……っ、眠……」

セリアが部屋を見渡すと、バルトやジョーはソファーで死んだように眠っていた。

『後の煮込みは私がやるから、ジョーは少し寝てな』と言ったのは確か30分くらい前。

2日間寝ずにスープを作り続けていたからか、ジョーは一瞬で眠りに落ちてしまったようだ。


(私も寝ようか…いや、全員寝て何かあった時大変か…)

セリアは眠気を噛み殺しながら歩きだし、

簡素な脱衣所の桶に冷水を張り、上着を脱いでバシャリと顔を洗う。


(まったく……ジョーのやつ、料理に対する情熱というか…もはや執念ってレベルだよ。)


昨夜から煮込み続けた《ブイヨン・ノワール》——。

香草の入れ方ひとつ、水分の量ひとつ、素材の火入れのタイミングまで、誤差すら許さない鬼の指示。

最初は何もかもが細かすぎて『本当に意味あるのか?』と思っていたが、

最後にスープを味見した瞬間、その全てが理解できた。


(……美味しかったなぁ、あれ…)

湯気の向こう、静かにスプーンを口に運んだジョーの表情が思い浮かぶ。

『…うん、美味しい。凄く美味しいよ…!』


死んだような目をした顔に浮かんだ、あの微かな笑み——。

気付けば胸がトクン、と跳ねる。

「いやいやっ、ちがうちがう!!」

あわてて冷水を顔面に浴びせ、頭ごと水桶に突っ込む。

「ほら、一生懸命作った料理が上手くいったから!…そう、ホッとしただけだから…!」


ひとしきり頭を冷やしてようやく落ち着き、

びしょ濡れのままマルチェロの部屋へ戻る。



だが——。


「……は?」


さっきまでソファーに沈んでいたはずのジョーが、

再び厨房に立ち、何やら黙々と作業をしていた。


ミンチ肉に赤いジュレを垂らし、別の鍋では何かを煮込んでいる。


まな板には果実、根菜、香草、切り分けられた肉がずらりと並び、

寸胴鍋からはまた別の香りが立ち上っていた。


「おいジョー! アンタほんの30分前に寝たばっかだろ!休んどけってば!!」

セリアは半ば叫ぶように言うが、

ジョーは淡々と手を動かしたまま、死んだ魚のような目でこちらを見た。


「いや、ちょっと……やりたいことがあってさ~」

その声色が妙に穏やかで、むしろ不気味ですらあった。

セリアは台所の様子をもう一度見渡し、強烈な違和感を覚える。

明らかに、スープ以外の何かを作っている。いや、それも複数。

「お、おい……ジョー? 何をしてるのかなぁ……?」

引きつった笑みを貼り付けながら、セリアは一歩一歩ジョーに近づく。


ジョーは笑った。口元だけ、にぃ、と。

「皇女様のご指示通り……“力”を見せてるだけさ」


ぞわり、と背筋を走る悪寒。

「も、もしかして……」

震える声で問いかけると、

ジョーは黙って手元の皿を一つ、セリアの目の前に置いた。


「ひとまず、これを味見してみてくれ。」


無造作に差し出された一皿。

それはまだ温かく、芳醇な香りがふわりと立ち上っていた。



全てを察したセリアは一歩下がり、目を見開いた。



「……ま、マルチェロ様ぁあああぁぁっ!!」




助けを呼ぶような、叫びにも近い声が、マルチェロの部屋に響き渡った。

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