031話_クレセリアの召喚
朝の光が窓辺に差し込み、
城内の静けさを破るように扉の向こうから声が響いた。
「…クレセリア様、お目覚めくださいませ。」
使用人の声で目を覚ましたクレセリアは、
まぶたの重さを感じながらゆっくりと体を起こした。
(……全然眠れなかったわね。)
昨晩からずっと考えごとが頭の中を渦巻いていた。
ザイロン兄様との夕食、ジョーの料理、それをどう使って自分の一手に繋げるか——
その思考は眠気を許してくれなかった。
使用人たちが手際よく寝巻きを脱がせ、髪を梳かし、礼装を整えていく。
クレセリアは鏡の中の自分を見つめながら、静かに拳を握った。
(お兄様は、あの料理に必ず反応する。
そして、いずれ何かを仕掛けてくる。そこに——そこに私の狙い目がある。)
普段から隙の無い兄ザイロン。
彼の動きは常に計算されていて、
真正面から勝負を挑んでも軽く受け流されてしまう。
だが、それ故にお兄様は無駄を嫌う。余計な策など打たない。
だからこそ、あの料理の脅威に
その時——その瞬間にだけ、隙が生まれる。
それがどれだけ効果的か、
王位継承にとってどれほど意味を持つのか…それは分からない。
だが、今のクレセリアにとって、それが唯一の『攻撃』であり、『武器』だった。
「……完璧な策じゃない。けれど、これが今の私に出来る、最善の一手なのよ。」
軍服の前留めを手で整えながら、自分に言い聞かせる。
その時——
ドン、ドン、ドン!
突然扉を叩く音が響いた。
「……誰?」
思わず声を強めたクレセリアの問いに、扉の外から緊迫した声が返る。
「マルチェロでございます! 国王陛下より伝令を預かって参りました!」
「入りなさい。何があったの?」
マルチェロが汗ばんだ額のまま部屋へ入り込む。
「陛下より、戦略会議の結果についてクレセリア様へご報告を……とのお達しです。」
「戦略会議の結果……!? もう、終わったというの?」
驚きに身を起こすクレセリア。
お父様とザイロン兄様の意見は真っ向から対立していたはず——
長期化は避けられないと読んでいたのに。
(情報が誤っていた……? いや……)
兄ザイロンの冷たい瞳が脳裏に浮かぶ。
(やっぱり気付いていたのね…私が動いている事…)
マルチェロと共に早足で廊下を進みながら、クレセリアは深く息を吸い込んだ。
「クレセリア様……これは、もしかして…」
マルチェロが不安げに尋ねる。
「ええ。お兄様が先手を打ってきたと考えるべきね。」
思わずクレセリアは唇を噛む。
戦略会議が終わったということは、お兄様は再び戦場へ戻ってしまう。
となれば——あの料理を使った『一手』を打つ機会も失われる。
「彼らを、すぐにでも帰らせましょうか?」
マルチェロが提案するが、クレセリアはわずかに首を振る。
「……いいえ。まだ、機会はあるはず。
ジョーには予定通り、料理を続けさせなさい。」
冷たい朝の空気が城内を包む中、
クレセリアは焦りを内に押し込みながら歩みを止めなかった。
(大丈夫。まだ全部が終わったわけじゃない……
むしろ『例の話』が通っていれば——まだ、打つ手はある。)
そう自分を奮い立たせるようにして、彼女は王の待つ玉座の間へと向かった。
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