024話_馬車内の密談

それから数分後——。



セリア、ジョー、バルトは、王城へと向かう馬車の中にいた。

隣には、静かな気配をまとった老紳士、マルチェロの姿。

馬車の窓から夜の王都の景色を一瞥いちべつした後、マルチェロはふぅと小さく息をつき、こちらを向いた。


「急にお連れする形となり、誠に申し訳ございません。」

深く頭を下げるマルチェロに、セリアは肩をすくめて答える。

「いや、それはいいんだけどさ……まだ何もわからないんだけど…」


マルチェロは一度うなずき、姿勢を正した。

「改めまして、私はルヴァン王国国王グレオ陛下の側近、そして第三皇女おうじょクレセリア様の執事を務めております、マルチェロと申します。」


「そ、側近!?」

セリアが目を見開いて驚くと、バルトがニヤリと笑った。

「フッ…お前が王の側近で、しかも皇女様の執事か。貧乏男が出世したものだな。」

マルチェロはふんっと鼻を鳴らし、表情を崩さずに返す。

「黙れ貴族くずれ。……おっと、あなたのお父上とは兵士時代の同期でしてな。決して敵ではございません、ご安心くださいませ、セリアお嬢様。」


「わ、わかった。」

(へえ……そういえばお父さん、傭兵になる前はルヴァンの兵士だったんだっけ…)


マルチェロは一度咳払いをし、表情を改める。

その表情からは、これまでの丁寧な応対とは違う、わずかな緊張の色が感じ取れた。

この馬車の中で語られることが、軽い話ではない——

そんな空気を、セリアも自然と察していた。


「さて——現在、陛下グレオ様はご病気により、床に伏されております。国の内外ともに不安が募る中、ここ最近王位継承を巡る動きが加速しております。」


語る口調は抑揚に欠けるが、その実、ひとつひとつの言葉には確かな重みがあった。


「第一王子ザイロン殿下は、政務の代理執行も行っておられ、民からの信望も厚く……正直、次期王としての有力候補でございます。」

セリアは窓の外に目を向けながら、数度見た事のある兄妹たちの顔を思い浮かべる。

ザイロンの冷徹な眼差しと、合理的な判断。この戦時中に支持を集めるのも当然かもしれない。


「一方で、第三皇女である我が主・クレセリア様もまた、王位継承に強い意志を持っておられます…!」

その名が出た瞬間、マルチェロの声にほんの僅かな熱が混じった気がした。

執事としての忠誠心と、彼女に懸ける希望が滲む。

「そんな中、第二王子カイン様が、あなた方が関わっている『ジョー殿』の存在を王都に持ち帰ったのです。」


マルチェロはジョーを一瞥し、ゆっくり言葉を続けた。

「異界からの来訪者——『転生者』としての力を持つ者。それも、料理という極めて特異な分野において……人の心すら動かす料理の力を持つ者、と。」


セリアはようやく腑に落ちたように小さく頷いた。

「なるほど……それで第二王子様が私たちを呼びに戦場まで戻る予定だったのが、偶然街で声をかけたってわけね。」

「左様でございます。……そこでお願いなのですが。」


マルチェロは表情を引き締め、ジョーに正面から向き直る。

「ジョー殿。第三皇女クレセリア様に、あなたのお力をお貸しいただけませんでしょうか?……これは王族からの正式な要請でございます。拒否なさるということは———」

「……王位とか力とか、そんなのどうでも良いよ。」

ジョーの言葉に、マルチェロの目が細く鋭くなる。


 「お、おいジョー……!」


セリアが焦って肩をつつくも、ジョーは続ける。

「俺がやる事は一つだけ。料理を作る。いつも通りね。」

沈黙が落ちた馬車の中で、思わずバルトが吹き出した。

「ククッ……コイツはこういう奴なんだ。真っ直ぐで面白い奴だろう?」


 マルチェロは深くため息をつきながら、目を伏せて呟いた。

「……ご協力、感謝申し上げます。

 ただし……皇女殿下の御前ごぜんでは、ご無礼のなきよう、くれぐれも……」




窓の外、気づけば王城の塔が闇の中にそびえ立っている。



馬車は静かに、その門をくぐろうとしていた。

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