023話_泥酔と遭遇
店を出た後も、ジョーはどこか浮かない顔をしていた。
食事中のあの様子を思い出し、
セリアはそっと横を歩くジョーを気にしながら足を進める。
(……うーん、これは相当ショックだったみたいだね。)
その後、セリアはジョーの気を紛らわせようと、
彼の希望を聞きながら服屋や調理器具の雑貨屋、そして鍛冶屋へと足を運んだ。
服屋では素材にこだわりながら黙々と袖を通すジョーを横目に、
セリアは「意外とお洒落なんだな…」と小さく笑った。
だが、もっと印象に残ったのは、鍛冶屋だった。
鍛冶師に対して包丁の形状や重さ、刃の角度、鋼材の種類に至るまで、
真剣な眼差しで次々と質問を投げかけていくジョー。
(……料理以外であんな真剣な顔してるの、初めて見たな…)
先ほどまで沈んでいた気配は消え、
まるで“命”が戻ったように生き生きとしたジョー。
その横顔をちらりと見て、セリアは少し安心したように目を細めた。
気付けば、街は
商人たちの声も徐々に減り、屋内の
「さーて、あとは朝まで一緒に酒でも———」
と、セリアが言いかけて宿の扉を開くと、その中で思わぬ光景が目に飛び込んできた。
奥の席に、白狼団の団長・バルトがいた。
そしてその向かいに座っているのは、屈強な体格の老紳士。
どこか気品を漂わせるその男が、バルトと何やら親しげに話している。
その老人はセリアの姿を認めると、ふっと目を細め、立ち上がってこちらへ歩み寄ってきた。
「おお……セリアお嬢様。大きくなられましたなぁ……」
にこやかに語りかける老人に、セリアは眉をひそめる。
「……だ、誰だい、あんた?」
「ホホッ…やはり覚えておられませんか。失礼、私、マルチェロと申しまして———」
その名乗りを言いかけたところで、
マルチェロの目がふいにセリアの背後へと動いた。
そこにいたのはジョー。
マルチェロはジョーをじっと見つめたまま、ぼそりと呟いた。
「……ふむ、なるほど。この方で間違いなさそうですな……」
そしてすぐに、酒場の奥に向かって声を張り上げた。
「カイン様! 例の方が来られましたぞ!!」
だが、しばらく待っても返事はない。
セリアとジョーが顔を見合わせ、奥の酒場スペースを覗いてみると———
そこには、第二王子・カインがいた。
白狼団の団員たちと肩を組み、豪快に酒を煽っている。
「《サラマンダーのポワレ 〜焦がし蜜香草のソースとルヴィエの花を添えて〜》かあ〜!話を聞いてるだけでよだれが出そうだ、なにより料理もすごいが名前もすげぇ〜!!」
「カイン様ぁ!もっと飲みましょうよぉ!」
酒瓶は転がり、テーブルには空の皿と笑い声。
すでに何人かは床に転がって泥酔し、まともに座っている者は一人もいなかった。
マルチェロが、深々と溜息をつく。
「……カイン様、お目当ての方が来られましたぞ。」
肩を揺すられると、カインはふらふらと振り返り、
焦点の合わない目でジョーを見つめた。
「ジョー!まったくこの無礼者がぁ〜!」
千鳥足で近づいてきたかと思えば、そのまま勢いよくジョーに抱きつく。
「え、えぇっと……」
ジョーが困惑して言葉を漏らす中、カインはその背中をバンバンと叩いた。
「あともうちょっとで、お前たちを探しに戦場に戻るところだったのだぞ! まさかそっちから王都に来てくれるなんてなぁ〜! 褒めて遣わす!!」
再び、盛大なため息をつくマルチェロ。
セリアは思わず眉をひそめた。
「これは……いったいどういう状況なんだい?」
マルチェロは少し考え込んだ末、軽く肩をすくめた。
「……仕方がありません。カイン様は置いていきましょう。どうぞこちらへ。」
「え、ええ……?」
セリアとジョーは顔を見合わせながら、マルチェロの案内に従う。
だがどうにも納得がいかず、セリアは再び尋ねた。
「あの……全く話が見えないんだけど……」
マルチェロは困ったように微笑を浮かべると、二人の耳元にそっと
「……事が事でございますので、私の口からは申し上げられません。……ただ、どうか王城までご同行いただけませんでしょうか?」
その静かな口調に、セリアの背筋がわずかに震えた。
思わずバルトに視線を送ると、団長は真剣な面持ちで、ただ一度、深く頷くだけだった。
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