021話_王都到着

石畳を踏む蹄の音が、王都の門前に響いていた。


久方ぶりに戦場を離れた白狼団はくろうだんの面々は、

馬車に揺られながら王都ルヴァンへと向かっていた。

とりでを離れるときの硬い表情はもうなく、皆どこか緩んだ表情で笑い合っていた。


「にしても……あの“死神スープ”の一杯でこんな贅沢できるとはな!」

「団長、俺ら今や貴族みてぇなもんっすよ!」

馬車の外では、団員たちが冗談を飛ばし合いながらゆっくりと行進している。


戦地では考えられないほど軽やかな空気。


戦地での長期活動を終えた白狼団は、ジョーの料理によって多くの兵士や領主の支持を集め、報酬もかつてないほど潤っていた。

加えて、第二王子カインからの直接の褒賞——

それが団員たちの装備を新調し、身体を休める機会をもたらした。


馬車の中、セリアは窓の外をぼんやりと眺めながら、隣に目を向けた。

「……ほんと、料理馬鹿と言うか…無理しすぎなんだから。」

ジョーが、ぐっすりと隣で眠っている。

肩にもたれかかるように、ゆっくりと呼吸を繰り返していた。


戦場では朝から晩まで鍋の前に立ち、食材を刻み、炎の前で汗を流していた。

無口で無表情。だが、その背中はいつだって必死だった。

そのジョーが、こうして無防備に眠っている。


「……ちゃんと、人間なんだな…」

ぽつりと、セリアは呟いた。

気づけば口元に、柔らかな笑みが浮かんでいた。


死神、怪物、化け物…そして『転生者』。

色々な面で人間離れしているように見えるジョーだが、

こうして眠りに付く姿は、まるで純真無垢な少年のようだった。



馬車がゆるりと止まり、しばらくして護衛の声が上がった。

「王都入場、手続き完了しました!」

再び車輪が動き出す。


セリアはジョーの肩を優しく揺すった。

「ジョー、王都に着いたよ。」

ジョーは2、3度、まばたきを繰り返し、眠たげな顔で馬車の窓から外を眺めた。


ルヴァン王都。大陸中央に位置する最大の都市。

街の入り口からすでに、高くそびえる城壁と石造りの門が旅人を威圧する。

中へ入れば、石畳の通り沿いに商館と飲食店が並び、人々が行き交っている。


だが、その喧騒の端々には“かげり”も見える。

空き家になった店舗、値札が貼り替えられた看板、屋台の主同士が「物が入らねぇな…」とぼやく声。


戦乱の爪痕は、華やかな王都にも確かに刻まれていた。

(ルヴァン王国がそろそろヤバいって噂…あながち嘘でも無さそうだね…)


ジョーは無言で馬車の窓から身を乗り出し、目を閉じた。

「……ジョー、どうしたんだい?」

問いかけるセリアに、少し間を置いて返ってきた声は、ひどく静かだった。


「……街中から、良い匂いがする…」


セリアは一瞬きょとんとし、それから小さく笑った。

「ハハッ…相変わらず良い鼻してるね。

 よし、それなら私が街を案内してやるよ。どこに行きたい?」


ジョーは少しだけ首を傾げて、次々と言葉を並べた。

「市場で食材の確認、料理の調査……あと服も新調したいし、調理道具も……」

「わかったわかった!」

セリアは呆れたように笑って手を振った。



「とりあえず…まずは腹ごしらえに飯から行こう。街の味も、たまには悪くないよ。」



王都の空は、どこかくすんでいた。



だが、その下で目を輝かせる料理人と、

その隣に笑う女傭兵の姿が、街にわずかな光を灯していた。

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