020話_夜食と葡萄酒

場所は城内の一室、暖炉の火が柔らかく揺れる控え間。

クレセリアとカインはテーブルを挟んで向かい合っていた。


王の側近そっきんであり、現在はクレセリアの執事でもあるマルチェロが、

盆に載せた肉料理とワインを運び込むと、カインはさっそく豪快にかぶりついた。


「んー!やっぱり城の肉はうまいな!脂が甘ぇ!」

皿の上にはルヴァン伝統の“葡萄酒煮の猪肉”が乗っている。

長時間煮込まれた野性肉は、ワインの酸味と果実の甘みでまろやかに整えられ、

香草の香りが鼻をくすぐる。

「兄様、もう少し落ち着いて食べてください……」

クレセリアは呆れたように言いつつも、どこか嬉しそうだった。


「……そういえばな。戦場で面白い奴に出会ったんだ。」

肉を頬張りながら、ふと思い出したようにカインが言った。

「戦場で……?」

クレセリアの事を気遣ってか、

戦場の血生臭い話をカインから話題として出す事は稀であった。

戦場で剣を交えた敵兵だろうか?それとも流れの傭兵?


「戦場の少し外れで、料理を作ってる奴がいたんだ。

 しかもでな!どうも異界じゃあ料理人だったらしい…!」


クレセリアは小さく瞬きをする。

「戦場で……?」

「そう!そいつの料理を食べた瞬間、なんていうか……今まで食ってきたどんな飯とも違ってたんだ。」

「……珍しいですね。兄様が、味の話をするなんて」


カインはとにかく料理において『量』を重要視する人間である事を、クレセリアは知っていた。

『戦場で味わっている暇なんてない、とにかく腹を満たせればいい!』

昔、カインがふざけたように言っていた言葉が、今も耳に残っていた。


「ははっ、俺だって味ぐらい分かるさ。ただな、あの料理は……料理以上の何かだった。食べた者の心を変え、をくれるような、そんな……」


ふと漏らしたカインの言葉に、クレセリアは箸を止めた。

(人の心を変える力……?)


それは、先ほどまで自分が求めていた“何か”に、あまりにも近い言葉だった。

「……その男は、今どこに?」

急に身を乗り出すように尋ねるクレセリアに、

カインは少し驚いたような顔をする。


「今は、クシェリア王国との戦線付近にいるはずだ。

 確か…“白狼団はくろうだん”って傭兵団に所属してる。」


そのとき、静かに皿を片づけていたマルチェロが反応を示した。

「……、ですか?」

「おう、知ってるか?」とカインが問うと、

老執事はわずかに目を細めてうなずいた。


マルチェロ――王の側近にして、クレセリア付きの執事。

その経歴は王宮内でも異色だった。


元々はクシェリア王国の貧民街出身だったが、

その武勇と知略によって兵士から這い上がり、

ルヴァン王国建立時は騎士団長…やがて王に見込まれ、

側近の座にまで登り詰めた。その歩みは、まさしく“成り上がり”の体現だった。


歳を重ねた今でも、燕尾服越しに盛り上がった筋肉の陰影が浮かぶ。

いざとなれば剣も取れる“武人の執事”であり、

その生き様は貴族たちから密かに一目置かれている。


王や貴族とは異なる層との人脈を広く持っており、

地下や傭兵、流通の裏事情にも通じている。

その広範な情報網もまた、王が彼を重用する大きな理由のひとつだった。


「ええ…団長のバルトとは兵士時代の同期でして、

 傭兵になってからも時折戦場を共にしておりました。」


その言葉を聞いた瞬間、クレセリアは椅子を引く音も惜しむように声を上げた。

「マルチェロ!その傭兵団を、王都に呼ぶことはできるかしら!」

「えっ、い、今すぐですか? しかし、軍令と距離を考慮すれば――」

困惑するマルチェロを尻目に、カインはくくっと笑みを浮かべてグラスを傾けた。



(これはチャンス……料理だろうと何だろうと、その力を利用できるなら——)


クレセリアの瞳には、揺るがぬ決意の光が宿っていた。

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