019話_夜回廊での再会
夜の
昼の
自室を出たクレセリアは、
ガルザル帝国との交渉の突破口を探るため書庫に向かう途中であった。
わずかでも、今の自分にできることを増やすために。
その時、階段を曲がったところで誰かの足音が聞こえた。
次の瞬間、鉢合わせるようにして、廊下の向こうから現れた影と目が合う。
「……カイン兄様?」
思わず立ち止まったクレセリアは、声を上ずらせた。
第二王子のカイン兄様は、
直属部隊と共にクシェリア戦線の——それも最前線で戦っているはず。
カイン兄様が戦場に参戦した事で、
クシェリア王国軍を次々に押し返し始めた事は、国中でも噂になっていた。
こんな時間に、そんな過酷な戦場にいるはずの兄の姿があるはずがない。
「おう、クレセリア!久しぶりだな~!」
相変わらずの柔らかな笑顔と、大きな体躯。
飾らない雰囲気と、周囲を和ませる声。
そこにいるのは確かに、彼女の知る兄のカインだった。
「ど、どうしてここに……!? 戦場では……」
「王の助言を仰ぎについさっき戻ったばかりさ。
今日は流石に、お父様も寝ちまったみたいだけどな。」
その声には、
だが、軍装の肩には砂塵の痕があり、戦の匂いをわずかに帯びている。
「……ふふっ、変わらないんですね。兄様は。」
気が緩んだのか、クレセリアの口元に小さな笑みが浮かんだ。
「お前もな!目の端が赤いぞ~また泣いてただろ~強情なところまで、まるで変わらん。」
軽口を返しながらも、カインの目は優しかった。
まるで、いつかの庭園で木の棒を振っていた子供時代の続きのような、穏やかな時間。
……と、そのとき。
ぐぅぅ、と腹の虫が騒ぎを起こした。
「っ……!!」
顔を真っ赤にしてお腹を押さえるクレセリア。
そういえば、気づいたら夜になってて夕食を抜いていたのを、すっかり忘れていた。
「……ははっ。あいかわらず律儀だなクレセリア。腹が減っても、やることを優先するんだから。」
「ち、違います……っ! これは偶然で、私は別に……」
「はいはい、偶然な~」
カインは楽しげに肩をすくめると、廊下の先を指差した。
「食堂はもう閉まってるが、厨房ならまだ火が残ってるかもしれない。……腹が減っては、戦も王位も掴めないぞ?」
その言葉に、クレセリアはふいに表情をゆるませた。
どれだけ張り詰めていても、この兄だけは自分を“戦う前の少女”に戻してしまう。
「……じゃあ、その。少しだけ、ご一緒しても?」
「もちろん。姫君の夜食に付き合えるなんて、光栄の極みだ。」
ふたりは並んで、夜の城を歩き出す。
遠くで灯る小さな灯火のように、兄妹の影が並んで揺れていた。
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