016話_お飾りの皇女、クレセリア
「なぜですか!!」
その怒声が、王城の玉座の間に鋭く響き渡る。
まるで金属を打ち鳴らすかのような、張り詰めた声だった。
天井まで届く白亜の柱が立ち並ぶ荘厳な広間。
その中心、高座に座すのはルヴァン王国の国王、グレオ=オーヴォ=ルヴァン。
周囲の領土を占領し、国を作り上げた頃は『ヴェルトゥスの獅子』と呼ばれた男。
そんな彼も歳には勝てず、病気も相まって今や立ち上がる事も出来ないほどに衰弱していた。
しかし、年老いた獅子のような風貌の男は、病に伏しながらもなお、威圧的な眼光を失ってはいなかった。
その眼前、膝を突かんばかりにして声を荒らげる少女。
金糸を流したような長髪と、凛とした青紫の瞳。
白と藍を基調とした軍装風の正装が、彼女の引き締まった体躯を引き立てる。
第三
その名は王都では“
「ガルザル帝国との戦争は、兄ザイロンの采配で進展がないまま
すでに
クレセリアは語気を強める。
大陸の中央に位置するルヴァン王国は今、
南のクシェリア王国と東のガルザル帝国という二正面作戦を強いられている。
今は西のノルド商会連邦からの物資でなんとか持ちこたえているものの、
戦況次第では
表沙汰にはしていないものの、戦争大国としての威光は既に過去の姿であり、
今や兵糧も人材も底を突きかけていた。
もしも、北から様子を見ているアルヴェール教国が停戦協定を破ろうものなら、
あっという間にルヴァン王国はその姿を歴史の影に沈めるだろう。
「だからこそ、一時的でも東方との休戦を!
その間に南方のクシェリア統治を進め、戦線を整えるべきです!」
王の前で声を張るその姿には、いかなる畏れも感じられなかった。
けれど、王――グレオはただ静かに、そして断固とした声音で言い放つ。
「……却下する。」
その言葉は氷のように冷たく、重い。
「なぜですか!兄ザイロンは、戦場で兵も物資も延々と消耗させているだけ!
民の暮らしにもしわ寄せが来ていて……既に限界寸前です!」
再度の叫びにも、王の瞳は微動だにしない。
老いたその身体を椅子に沈めながら、わずかにため息を吐いた。
「ザイロンは帰還中だ。明日、ここで戦況の報告を受けることになっている。」
そう言って王は、玉座の脇に控える老執事マルチェロに視線を投げた。
老執事は無言でうなずく。
「お前の意見も聞こう。だが、それはすべてザイロンの報告の後だ。今は、控えよ。」
クレセリアは奥歯を噛みしめた。爪が拳に食い込むほど強く握りしめている。
それでも反論の言葉は喉元で止まり、ひとつ膝を折って深く頭を垂れた。
「……失礼いたします…」
王が彼女を政治の重要な駒として見ないのは、昔からだった。
父が娘を愛していないわけではない。むしろ逆だ。
彼女を“守りたい”がために、戦場や権力の火種から遠ざけようとしてきた。
――けれど。
それでも、自分は“飾り”では終われない。
引き下がるクレセリアの背には、
誇りと野心が混じり合った白い獅子の気配が、確かに揺れていた。
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