015話_王都への手土産

やがて皿の底が見えはじめ、最後の一口をゆっくりと噛み締めたカインは、

静かに深い息を吐き出した。


夕暮れの風が頬を撫で、満ち足りた余韻をいっそう引き立てる。


「お口に合いましたかな?」

低く響く声が背後からかけられる。

振り返ると、屈強な体躯に灰色の髭を蓄えた男が、笑みをたたえて立っていた。


「ご挨拶が遅れました、『白狼団はくろうだん』団長のバルト・アストルグと申します。」


堂々としたその声に、カインも自然と姿勢を正し、ゆっくりと頷いた。

「カイン=リア=ルヴァンだ。……最高の料理に感謝する。」

バルトはガハハと笑いながら、頬をかいた。

「元々はウチの団員だけに振舞っていたのですが、どこから噂を聞きつけたのか、日に日に外からも人が来てしまいましてな……いやはや、うれしい悲鳴というやつです。」


冗談めかしつつも、どこか誇らしげな口調だった。

カインはふと、スープの余韻に浸りながら、真剣な表情でバルトに向き直った。

「……彼はいったい、何者だ?」

バルトの笑みが、わずかに引き締まる。

「……にございます、王子殿下。」

「……あの転生者!?彼が……!」


カインの目が驚きに見開かれる。

「はい。しかしまさか料理に特化した転生者が現れるなど……私も驚愕きょうがくしております。」


(だが、確かに彼の料理の腕は大陸……いや、世界中探しても並ぶ者はいないかもしれない。)

カインは懐から小さな袋を取り出すと、その中から金貨を5枚、静かに差し出した。

「良い情報を得られた。これは褒美と、料理の対価として取っておいてくれ。」


バルトは目を丸くした。

戦場で商人がこういった料理を振舞う場合、

黒パン付きで銅貨5枚ほどが相場とされている。

銅貨100枚でようやく銀貨1枚──その銀貨100枚が、ようやく金貨1枚に相当する。


その為、一般市民や下級兵士は基本銅貨のみで生活しており、

毎月の給料や貯金がたまって両替する時ですら、銀貨を見るのがやっとであった。

そんな金貨を複数枚持っている人なんて、商人か貴族か賊くらいのモノだろう。


もちろんバルトは傭兵団を運用する関係で、金貨自体は目にする事が多い立場ではあった。

しかし、そんなバルトにすら金貨5枚は大金。

装備を全て新調した後、傭兵団全員で王都の宿屋に泊まり、そこで一週間酒と食い物を絶やさずに宴を繰り広げたとしても、いくらかお釣りが返ってくるだろう。


「こ、こんなにいただくわけには……!」

慌てるバルトに、カインは穏やかに言葉を重ねた。

「なに、今後の投資としての分でもある。その意味、わかるな?」


目を細めるカインの真意を読み取り、バルトは静かにうなずいた。

「かしこまりました。……何かありましたら、いつでもお声掛けを。」


深く一礼するバルトに一瞥をくれると、カインは背後に気配を感じて振り返る。

「ヴェルク、俺は帰るぞ。お前も並んでないで指揮を執りに行け。」

人混みの端でいつの間にか列に並びかけていた副官を引っ張り出し、ふたりは馬へと向かう。


夕陽が赤く空を染める中、背を向けたカインの口元に、ふっと笑みが浮かんだ。

(ジョーの料理には、料理以上の力がある……あれは、人の心を変える力だ。)


馬上に飛び乗り、手綱を握る。

(クレセリアにも……良い土産話が出来たな。)



そのまま、王都への帰路を辿っていく。


落陽の下、戦場を後にしながら──。


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