014話_獣骨と豆のガルビュール風スープ
ジョーは無言のまま、鍋に
黄金色に澄み渡ったスープは、見た目以上にとろみがあり、
皿に注がれた瞬間、ぐつりとした重さをもって波打った。
その中には、こぶりな肉片と豆、焦げ目のついた根菜、
そして緑の葉が控えめに浮かんでいた。
一見すると地味な煮込みに見えるが、湯気とともに立ちのぼる香りは、
どこか懐かしくも刺激的で、食欲を激しくかき立てるものだった。
「こちらをどうぞ。」
差し出された深皿を受け取りながら、カインは目を細めた。
「このスープは……一体?」
問いかけに、ジョーは淡々と答える。
「……そちら、《
「フフッ……まるで呪文だな。」
軽口を叩いたカインだったが、
ジョーは一切相手にせず、再び鍋をかき混ぜながら言葉を続けた。
「大型獣の骨を朝から煮込んで
「…ん?灰を入れているのか?」
カインはふと、疑問に思った事をジョーに確認してみた。
「ええ、正確には“調香灰”(ちょうこうばい)って言うらしいです。」
ジョーは手を止めず、鍋をかき混ぜながら応えた。
「クシェリアの料理人に古く伝わる調理法みたいでして…湿地帯で採れる
カインは軽く目を細めた。
「灰に……丸み、か。」
クシェリアにそのような調理法がある事を、カインは知らなかった。
いや、恐らく知っている人の方が少ないだろう…
彼はいったいどこでそんな知識を得たのだろうか?
「ええ。灰にする過程で余分な水分と刺激成分が飛んで、代わりに炭のミネラル感と焚き火のような穏やかな香りが残る。あくまで微量だけ使うんですけど、出汁の風味を邪魔せずに香りを支える名脇役になるんです。」
全く動じずに語るその口調は、どこか淡々としていながらも、
自分の料理に一切の妥協を許さない職人の自負を帯びていた。
「そうか……ありがとう、早速いただくとするよ。」
カインは丁寧に礼を言い、周囲の邪魔にならない岩陰に腰を下ろす。
器から立ち上る湯気を感じながら、スプーンでスープをすくう。
黄金色の液体がとろりと流れ落ちるその瞬間から、
すでに口の中が反応しはじめていた。
一口、口に含む。
「……おおっ!」
思わず声が漏れた。
舌に触れた瞬間、まず感じたのは骨の出汁の圧倒的な濃さ。
それなのに、くどくない。
焦がし野菜のほのかな甘みと香ばしさが、脂の重さをふわりと持ち上げていた。
さらに、豆のほくりとした舌触りがそこに重なり、
複雑でありながらひとつにまとまった“旨味の塊”となって喉を通っていく。
そして具として入っている干し肉──ラードリオ。
ラードリオは大陸に広く生息する魔物で、
草食に近い食性を持つため、肉食の魔物とは違い肉に独特の甘みと香ばしさがある。
カインも、戦場で空腹の足しに何度も口にする事はあった。
ただし、干し肉にすると繊維が固くなりやすく、
料理として使う場合、焼いたり煮込んだりしても歯ごたえが残る。
それゆえ、兵によっては口にしばらく含んだ後、
地面にはき出す事さえあるのだが──彼の手にかかると、
その肉はまるでほぐした
ただ長時間煮込んだだけでこうはならない、
どんな方法で柔らかくしたのか…想像もつかない。
「そして、この匂いか…」
乾燥させた物が香辛料として使われる事はカインも知っていた。
だがそれ単体では
好き嫌いの別れる香辛料である事も有名であった。
しかしこの“
それが焦がした
あと
少なければ焦げの苦みが主張を強めてしまっていただろう。
この絶妙な香りのバランスが、料理に刺激的かつ柔らかで懐かしみのある風味をまとわせている事に、カインは気付いた。
「これは……たまらんな。」
思わず顔が
続けて、
硬く、乾いたそれをスープに浸し、しばらく待つ。
とろみのあるスープは、パンの隙間にまで染み込み、
まるで別物のように柔らかくなった。
期待を込めて一口かじる。
「なるほど……これは噂にもなるな…!」
笑みを浮かべながら頷く。
肉も野菜もすべてが小さく刻まれ、無駄がない。
それでいて、どの一口にも濃密な旨味が詰まっていて、
胃に負担をかけることがないのが分かる。
普段は質素な携行食として仕方なく口にしていた黒パンが、まるで高級な一皿の一部になっていた。
スープを拭いながら食べれば、皿に残る一滴すら惜しいと感じてしまう。
(まさか……戦場で、これほどの味に出会えるとは。)
カインは夢中になって、スープを口へ運び続けた。
その姿はまるで、戦場に舞い降りた“美食”という奇跡を、
全身で味わっているようだった。
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