012話_死神の噂

──そして日が傾き、戦場に静けさが戻り始める。


カインは肩で息をしながら、

血で赤黒く染まったマントを払い、槍を地面に突き立てた。


「少し……油断したな。」

彼は指先で顎をなぞり、にじむ血を見つめながら、わずかに目を細めた。

わか、ご無事ですか!」

副官の中年男、ヴェルクが息を切らせながら駆け寄ってくる。

鎧には泥と血がこびりついており、戦いの激しさがそのまま表れていた。


「何とかな。まぁ『クシェリアの毒花どくばな』という異名も、いつわりじゃなかったということだ……」

カインは小さく笑い、遠くからのぼるクシェリア軍の退却の煙を見やった。


「正面から叩くのは得策じゃないな。ここはやつらの主戦力が集まってる。……うちの王家の兵力を消耗させるには、もったいない相手だ。」

その言葉に、ヴェルクも深く頷いた。

「確かに、いまだガルザル帝国との戦争も継続中……。あまりこちらに戦力を割きたくはありませんね。」


カインは静かに空を仰いだ。

雲の切れ間から、橙に染まる陽が西の地平に落ちてゆく。


「……お父様に相談するか。」

その一言は静かだったが、軍の方針を左右するには十分な重みを持っていた。

その言葉を聞き、副官はすぐに姿勢を正した。

「戦線を維持したまま、わかは王都へ戻ると……?」

「そういうことになるな。しばらく様子見だ。各部隊には布陣を維持するように伝えろ」


「はっ!」

ヴェルクが敬礼しようとしたその時、ふと眉をひそめた。

「……そういえば、最近このあたりで妙な噂を耳にしました。」

「妙な噂?」

カインは立ち去ろうとした足を止め、振り返る。


「はい。……とある傭兵団なのですが。戦場での働きに目を引くものがあると。」

ヴェルクはやや困惑した様子で言葉を継いだ。

「ふむ、戦力として期待できそうか?」

カインは顎に手を当て、興味を示すように少し首を傾げる。

「ええ、まあ。戦いもさることながら……その、奇妙な点がありまして」

ヴェルクは言い淀むように目を伏せた。


「奇妙?」


「……『死神』が、料理を振る舞っているらしいのです」


その言葉に、カインは一瞬沈黙した。

ヴェルクは、どこか申し訳なさそうにそう言った。

「死神が料理を? それは、冗談ではなく?」

カインの眉が僅かに上がる。眉間に刻まれた皺は、呆れか、それとも興味か。


「真面目な話です。兵士たちの間では、青白い肌の男が肉や魚だけでなく、

 花まで料理にして、何か儀式のように飯を作っていた……と。」


ヴェルクは身振りで“聞いた通りなんです”と肩をすくめた。

「ほう……それは面白そうだ。その傭兵団の名は?」

カインの口元に笑みが浮かぶ。すでに心は決まっているようだった。


「……『白狼団はくろうだん』という名だそうです。」

カインはもう一度夕日を仰ぎ見た。


「『白狼団』…聞き覚えのある名だが、死神については初耳だ。少し寄ってみるとしよう。」



沈みゆく陽光に照らされながら、彼は槍を担ぎ、ゆっくりと歩き出す。


その背に、風が静かに吹いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る