011話_戦場の第二王子

昼下がりの戦場には、

血の匂いと焼けた金属の臭気、そして兵たちの怒声が渦巻いていた。



戦況として、ルヴァン王国軍は優勢だった。

ここ半年は拮抗きっこう状態だったらしいが、精鋭で編成された第二王子直属の部隊が、

圧倒的な練度れんどと統率でクシェリア王国軍を次々に押し返していっていた。


その中心にいるのが、ルヴァン王国第二王子──カイン=リア=ルヴァン。


「右から回り込め! 弓兵はあの丘の上から援護、急げ!」

カインは戦場の中央で、銀槍を手に兵を指揮しながらも、自らも前線に立っていた。


鮮やかな金髪を風に揺らし、緋色の軍装に身を包んだ姿は、敵味方問わず目を惹く。

そして何より、その表情に焦りも怒りもない。まるで演舞のように、美しく戦う。


普通、国の王族が戦場の前線で戦いながら指揮を執るなんて、

それこそ国が亡ぶ寸前でしか起こりえない事だろう。


しかし、カインは城内で政治に口を挟んだり、

豪邸で贅沢三昧をするより、戦場で武器を振り回すことを好んだ。


難しい事は国王である父か、他の兄妹達に任せればいい。

戦場こそが、第二王子カインが生きると決めた場所であった。


(クシェリア王国……ふん、内乱続きの割には、ずいぶん粘るじゃないか。)


カインは内心でそう呟く。

かつてはヴェルトゥス大陸全土を支配し、

独自の文化と誇りを持っていた『クシェリア王国』。


しかし『ヴェルトゥスの獅子』と呼ばれたカインの父──

グレオ=オーヴォ=ルヴァンが、クシェリアの一領主として領土を拡大して行き、『ルヴァン王国』が建国された事を皮切りに、クシェリア王国の没落が始まった。


亜人達の軍事国家「ガルザル帝国」に西の領土を奪われ。

東の領主達は離反し、今は「ノルド商会連邦」という商業連邦国家になっている。

そして放棄した北の領土は「アルヴェール教国」という教徒たちの宗教国家と化した。


今やクシェリア王国は大陸南部に追いやられ、

しかも王家内での継承争いや地方貴族の反乱が重なり、統制を大きく失っている。


現女王ミルシャが辛うじて王都を押さえてはいるが、

各地の騎士団は分裂気味で、軍の士気もまばら。

そんな中、クシェリア王国の最後の抵抗とも言える軍団が、ここに集結していた。


──そしてその騎士団長である彼女──ではなく彼が、カインの前に立ちはだかった。


「やっほー、王子さま。強いお兄さんって聞いてたけどホントだったんだね♡」

カインには及ばないまでも筋骨隆々の身体に軽装の鎧、左右の腰に一振りずつの剣。

整った顔立ちの男は、戦場の空気にまるでそぐわない、軽薄な笑みを浮かべて現れた。


カインは半眼でサリアを見やる。

軽口を叩くこの男に一切の油断は見られない。その姿勢はむしろ洗練されていた。

「……クシェリア王国騎士団長、サリアか。……聞いていた通りの変人だな。」

「そっちも聞いてるよ。『紅蓮の盾』──カイン=リア=ルヴァン。

 うちの女王が、あなたの首を取れたら少しは和平も進むって言ってたよ?」


サリアの言葉に、カインは小さく鼻を鳴らした。

「なるほど、それは穏やかじゃないな。」


彼の足元がわずかに沈む。

構えた銀槍は、まるで意志を持った獣のように静かに唸った。

サリアも応じるように腰の双剣を同時に抜き、くるりと一回転させて見せる。


「──行くよっ!」


二人の間合いが一気に詰まる。

槍と双剣が激しく打ち合い、金属音が戦場に響き渡る。



そうして周囲の兵たちが交戦を一歩引いて見守る中、

カインとサリアの激闘は熾烈な応酬の末に、夕日が沈むまで続いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る