009話_サラマンダーのポワレ
サラマンダーのポワレ──その料理を見た瞬間、セリアは思わず声を漏らした。
「……綺麗……」
皿に乗ったのは、香ばしく焼き上げられたサラマンダー肉。
その表面には、
そして──焚き火の光を受けてほのかに揺れる、小さな紫の花。
先ほどノックスが取ってきていた、ルヴィエの花だった。
ただの野草と魔物の肉が、
まるで祝祭の為に作られた料理のような姿に昇華されていた。
「ポワレ──簡単に言えば、揚げ焼きのようなものです。
表面はカリっと、中はしっとり仕上げております。」
しばらく料理に見とれていると、ジョーが説明を始める。
「ソースには、ティレアの葉と焦がした
その語り口は、まるで一流レストランや王宮の給仕長のようだった。
さっきまでぶっきらぼうだった男が、いきなり品と格式を
セリアは二重の意味で言葉を失っていた。
「……でも、この量は……2、3口しかないんじゃ……」
ふと我に返り、改めて皿を覗き込み眉をひそめるセリアに、
ジョーは肩を竦めて笑った。
「まっ、とりあえず食べてみてよ。」
また元の調子に戻ったジョーに半ば呆れながらも、セリアはフォークを手に取る。
まずはソースだけをすくい、サラマンダー肉の切れ目にたっぷりと絡めた。
初めて食べる料理…恐る恐る口に運ぶ。
──その瞬間、セリアは目を見開いた。
「……美味しい……!」
思わず呟いたあと、セリアの口元には自然と笑みが浮かんでいた。
(なにこれ、凄く柔らかい……それに全然臭みがない……。
サラマンダー肉──あれほど煮込んでも臭みが残りがちなあの肉が、
信じられないほどさっぱりと、更に滑らかにほぐれていく。
外側はカリッと香ばしく焼かれているのに、中はまるでバターのように舌に溶けた。
(なるほど…さっき鉄板の油をサラマンダー肉にかけていたけど、それで表面だけ揚げたかのような食感なのね…)
ソースに使われたティレアの葉は、セリアにとって見覚えのある香味草だった。
だが、自分がこれまで使ってきたような煮込みに混ぜて香りを出すという扱いではない。
あの葉が、ここまで繊細に甘みを引き出せるとは──。
そんなティレアの葉と混ぜ合わさっている、焦がされた闇蜂蜜のコク。
甘いだけではなく、火の香りを纏っていることで、肉の香ばしさとも見事に調和している。
しかし、それだけではただの甘ったるいソースになっていたであろう…
獣骨出汁──ただ濃く煮出しただけではこうはならない。
どこか丸く、優しく、それでいて野性味を残している。
まるで“背景の音楽”のように、ソースの風味を優しくまとめ、
料理全体の味を包み込んでいた。
さらに、乾燥果実のビネガー。
酸味は控えめで、最初は気づかないほどだったが、
後味としてふっと現れ、全体の余韻を洗い流してくれるような爽やかさを残していく。
(この味の構成……素材それぞれの持ち味を殺さず、でも確実に一つの“皿”としてまとめあげてる……。こんなの、見たことない……!)
そして──今度は、ルヴィエの花を添えて、もう一口。
その刹那、セリアは身体を震わせた。
「……何これ!!」
焚き火の輪が静まり返るほどの声だった。
口の中に広がったのは、ほんのりとした甘い芳香。
そして、花特有の
驚くほど深みのある味に変わった。
ルヴィエの花──甘い香りと紫の
口にするとほんのりとした渋みと苦味を伴うことで知られていた。
つまりこの世界では『食べ物ではない』というのが常識であった。
そのため、通常は乾燥させて香水の原料や、
セリア自身も、香りは良いが『食べ物』としては聞いた事も無いし、
腹を空かせた団員が、匂いに釣られ味見をして吐き出していたこともあった。
だからこそ、花を“食材”として、
しかも料理の味を引き立てる要素として使うという発想自体が信じられなかった。
(……あの苦味を、ここまで計算して重ねるなんて……。これ、本当にただの料理なの……?)
まるで、音楽の和音が一つ増えたような感覚。単音ではなく、複雑に絡み合う風味。
(……いいえ、料理なんて次元じゃない。)
──魔法だ。
セリアはゆっくりと、噛み締めるように食べ続けた。
静かに、夢中で、最後の一口まで。
そしてついに完食したあと、彼女は皿を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……確かに、お腹は膨れてないけど……
それ以上に……衝撃すぎて、なんか……呆然とする……」
そこへ、ジョーがいつものように目を見開いたまま、
からかうような笑みで口を開く。
「お口に合いましたか?」
セリアは、満面の笑みとともに頷いた。
「……ったく、人生で一番美味しかったわ……!」
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