008話_悪魔の調理
ジョーは調理器具の中からナイフを一本取り出した。
それを手のひらに乗せ、重さを測るようにわずかに揺らす。
そして──ふと、何かを思い出したように、空を仰いだ。
「……ノックス、あれ取ってきて。」
「ん、なんだよ?」
再び自分が名指しされた事に驚きながら、ノックスが訪ねる。
「あれだよ、あの…小さな紫の花。」
「えっ、何それ……?」
困惑するノックスの背後から、ライグの声が飛んだ。
「……もしかしてルヴィエの花か? ジョーを見つけた時に摘んでたやつだが…」
「そう、それ!」
ジョーは頷くと、手元のナイフをいったん置いてノックスを振り返る。
「あれがないと仕上がらないから、早く取ってきて!」
「……あぁもう!なんで俺ばっかこんな役目……!」
ノックスが文句を言いながら野営地を飛び出していくのを確認すると、
ジョーは再び調理台に向き直った。
彼は深く息を吸い込み──ナイフを握り直した。
目を閉じ、静かに、吸う息と吐く息を揃える。
次の瞬間、目を見開く。その気配に、場の空気が張り詰めた。
ジョーの腕が動き出す。
ティレアの葉を束ごと掴み、まな板の上に置くや否や──
ナイフが“音”を立て始める。
タッタッタッタッ──!
信じられない速度で、ティレアの葉が寸分違わず刻まれていく。
細かく、均一に、まるで魔法のように美しく、香りだけがふわりと立ち上る。
セリアは反射的に一歩後ずさった。
(……何、あれ……速すぎる……)
その後もナイフは踊るように動き続け、次に手にしたのはサラマンダー肉。
皮付きのまま分厚く切り出され、繊維の方向を読みながら筋と脂を処理していく。
初めて扱う食材のはずなのに、その手つきに一切の
サラマンダー肉──別名『火トカゲ』の肉は、比較的手に入りやすく、
干し肉にせずとも保存が効くし食べれば力も湧く。
その反面、一匹一匹の肉は少なくしかも硬くて臭みもある為、
一般的には大量に煮込んで柔らかくするしか食べ方は無い。
それを、ジョーはまるで長年付き合ってきたかのような手際で下処理していく。
皮目に斜めの切れ込みを入れると、焚き火にかけた鉄板に油をひき、焼き始める。
しばらくして、鉄板に溜まった油をすくいサラマンダー肉の上からゆっくりかけていくと、ジュワアアアッ──という音と共に、野営地に肉の芳ばしい香りが広がった。
「……すご……」
誰ともなく呟いた声が、焚き火を囲む数人の団員たちから漏れ出た。
セリアは呆然とその様子を見つめていた。
今までもジョーの眼光は鋭さがあったが、今は更に目が鋭く光っている。
動きに無駄が一切なく、どんな素材も当たり前のように“自分のもの”として扱っている。
(まるで…悪魔が乗り移ったみたい……)
恐怖と紙一重の圧倒感に、セリアは思わず息を呑んだ。
その時、ノックスが野営地へ駆け戻ってきた。
「ほらっ、ルヴィエの花! 持ってきたぞ!」
ジョーはちらりと振り返り、ノックスの手から受け取った紫の小花を手に取った。
鼻を近づけて香りを確かめると、静かに頷く。
「うん、問題なさそう……これ、食べられる?」
「それ食って死んだって話は聞いたことないけど、そいつは──」
「わかった、ありがと。もうどっか行っていいよ。」
「おいっ!? 俺の話はまだ──!」
ジョーはノックスの言葉をろくに聞かず、汲みたての水で花を軽く洗い、
焚き火の脇に数秒かざすと、仕上げの皿にそっと添えた。
ジョーはその皿を持ち上げ、
まるで戦場に供物でも捧げるようにゆっくりとセリアの前に運んできた。
「お待たせいたしました。」
そして、堂々とした声で言った。
「──《サラマンダーのポワレ 〜焦がし
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