007話_実力行使

しばらくして、おわんの底が見える頃──


「ご馳走さまでした。今日も美味しかった。」

そう言って、ジョーは縛られた腕を後ろに回したまま、「うーん」と伸びをする。

妙に猫のような仕草だった。


ライグが、その間延びした空気に耐えきれず、再び問いかけた。

「……なあ、ジョー。“料理で世界を変える”って、本気で言ってるのか?」


しかしジョーはライグの言葉を完全にスルーし、セリアの方に顔を向けた。

「セリア……さん、だっけ? 今度は俺が料理を振舞うよ。」

「おーい!無視すんなー!!」

唐突すぎる提案に、セリアは目を瞬かせた。

「え、私に?」

「うん。いつものお返し。あと、なんか実力を見せないといけない感じだし。

 さすがにここの全員分は無理だから…まずはひとつで。」


そう言いながら、ジョーは後ろ手に縛られた自分の腕を、

無言でセリアに差し出した。


「とりあえず、これなんとかして?」

セリアが戸惑って視線を泳がせていると、ライグが崩れ落ちるようにして呻いた。

「……もう、勝手にしてくれ……」

…この苦労人っぷりが、副団長としての素質なのかもしれない。


ライグのひと言で場が緩み、

セリアはため息をつきながらも短剣を取り出し、慎重に縄を切った。

ジョーは自由になった腕をさすりながら立ち上がり、軽やかに焚き火の周囲を見渡す。

「ノックス。今ある材料、なにがある?」

「うわっ、な、なんだよその馴れ馴れしさ……えーっとな……」

慌てて答えようとするノックスを遮るように、セリアが口を挟む。

「ちょっと待って!材料の名前聞いたって、あんたに分かる訳ないでしょ?」


だがジョーは水桶へ向かい手を洗いながら答えた。

「この一週間で、ここの食材は大体把握した。

 後は記憶にある匂いや味を、現物と照らし合わせればいい。」


そう言うと、近くに積まれた食材袋に近づき、

ひとつずつ取り出しては鼻を寄せ、目を細めて香りを確かめていく。

「ノックス、これなんて名前?」

「ああ…もう!それはルテアでこっちが──!」

勝手に食材をいじり出したジョーに困りつつ、ノックスは一つひとつの食材の名前を伝えていく。


そんなノックスに対して、

ジョーは聴いてるのか全く分からない調子でブツブツと何かを呟いていた。

「これが……ああ、ルテア。こっちは干し魚系……塩気強め。ん、この根菜は甘味があるな。加熱でとろける系……よし…よし…」


やがて、彼は食器や調理器具を一通り確認すると、ぴたりと動きを止めた。


「──うん。そろそろ作るわ。」

そう呟きながら袖をまくり上げる。


まるで、毎日そこで料理をしていたかのような、不安を一つも感じさせない態度。

セリアはその姿を見つめたまま、口を半開きにしていた。

(なんだコイツ……自信満々すぎる……けど……)



心臓の鼓動が、少し早くなっているのが自分でも分かった。

その場にいる誰もが、ジョーの次の一手に目を離せない様子だった。



得体の知れない何かが、今──始まろうとしていた。

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