006話_期待外れの転生者

それからおよそ一週間。

季節の巡りとは無関係に、戦の気配だけは容赦なく過ぎていった。


ルヴァン王国第二王子──

カイン=リア=ルヴァン率いる王国軍精鋭せいえいが戦線に加わったことで、

最前線の空気も目に見えて変わりつつある。


白狼団はくろうだん』が拠点としていた丘の周辺は押し返した領域となり、

数日にわたり目立った衝突もない。

そろそろ拠点を上げるか…と、ぼちぼち方針を決めつつも、

我らが『白狼団』は装備を整えながら一時の休息を味わっていた。


(平和、ってほどじゃないけど……

 久々に、飯を落ち着いて食べられるってだけで、贅沢ってもんよね。)


そんなことを思いながら、

セリアは焚き火の鍋に木べらを差し、煮え具合を確かめる。

今日の献立は『焦がし赤根草せきねそうと塩漬け魚のポトフ。』

香ばしく炒めた野菜と塩魚しおざかな出汁だしが絶妙なこの一品も、

例の“転生者”ジョーが毎日律義に完食している料理のひとつだった。


ジョーは相変わらず毎日、セリアの作る飯を静かに食べ続けていた。

一度だけノックスが代わりに作ったことがあったが──

「うん、不味まずい。これは何故焦げた?もしかして味付けを間違えたか?

 あと煮込み時間終わってる。鍋の底を見れば分かるでしょ?」

と、分析と罵倒が止まらなかったため、それ以降ジョーの食事当番はセリア専任となった。


そんなジョーから出てくる異界の情報も断片的だった。

ジョーは食べながら、こちらの質問に対して時折『日本』『地球』『厨房』などという単語を口にするが、自分から身の上話はしない。

寝るか、食べるか、こちらを見つめ続けるか、それが彼の日常になっていた。


そんなある日、昼時の焚き火を囲んで、団員たちがまばらに座る中──

若き副団長ライグが、鍋を囲むジョーに問いを投げかけた。

「えっと……つまり、今までの話をまとめるとだな……

 ジョーは『地球』っていう異界の『日本』って国で生まれて、

 戦ったこともなければ魔法も使えなくて……ただの料理人シェフだった、と?」


「うん。三ツ星グランメゾンの。」

静かに答えたその一言に、焚き火の輪の外から容赦なく声が飛んできた。

「こいつ使えねぇーじゃねぇか!」

「ごく潰しめー!」「俺にも姉御の飯食わせろー!」

「転生者だって聞いたから期待したのによー!」

「料理人の転生者ってどういうことだよ!」


団員たちの野次と不満の声が飛び交う中、

ジョーは何事もなかったかのように黙々と料理を食べ続けている。

セリアはその横で、ジョーの口元へスプーンを差し出しながら肩をすくめてため息をひとつ吐いた。


「ま、まあ……転生者である事は事実だし、

 急にこの世界に来たジョーを責めるつもりは無いけどさ……」

やがて、ライグが額に手を当てながら声を絞り出した。

「ジョー……この世界はな、じゃ生きていけないんだよ。

 どこもかしこも戦争ばっかで、みんなよりの方が大事なんだ。だからな、とりあえず王国に──」


「──出来るよ。」

遮ったのは、ジョーだった。

ライグが一瞬きょとんとして、眉をひそめる。

「……なにが?」

「料理。」

静かで、自信のある声だった。


「……だーかーらー!」

思わず頭をかきむしるライグの怒声を遮るように、ジョーが再び口を開く。


「だから、世界を変えられる。」


その一言に、焚き火のざわめきがピタリと止んだ。

何を根拠に──そんな問いを飲み込むほどの、まっすぐで疑いのない目だった。


セリアは思わず息を呑んで、スプーンを止めた。

(……こいつ、本気で言ってる?)


野次の残響が消え、風が焚き火の煙を静かに揺らす。

そんな異様な空気の中、ジョーはライグを見つめながら口を開き次の一口を待つ。


ジョーの食事は、まだ終わっていなかった。

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