004話_懐柔のシチュー

「……団長。もしかして、この男……転生者?」


焚き火の明かりの中で、セリアが低く呟くと、隣のバルトが静かに頷いた。

「ああ、俺もそう思っていたところだ。目の奥が普通じゃない。

 言葉はズレてるが、只者ではないだろう。」


転生者──歴史を動かす異界の者。


「だとして、この後コイツどうするの?」


「力次第だな。どこかの国に献上してもいいし、

 場合によってはウチに入れてもいい。」

すると、バルトは口元を歪めて笑い、手を打った。


「が!まずは取り入ることだな!ひとまず──」


そこまでバルトが言った時、

なんとなく次のセリフが予想できたセリアはため息をつく。


「セリア、ジョーに飯を作ってやれ!!」

セリアは肩をすくめつつも、焚き火の脇を離れて野営地の奥へと歩き出した。

「ハァ…はいはい……了解ですぅ。」


そこではノックスがいつものように、その細身に布を被って雑魚寝していた。

「ちょっと、起きな。ノックス!」

「んがぁ……敵襲……!? あれ? 姉御……?」

「おはよう調達係さん。食材余ってるの、今何がある?」

「え? えーっと、干しサーヴァ肉と、赤根草せきねそう銀瓜ぎんかが少し、

 あと昨日の焼き芋の残り……それと香辛料は塩とルテアの種が少しだけ……」

「それで充分。ありがとね。」

半分寝ぼけたノックスをそのままにして、

セリアは手早く材料を拾い上げ、焚き火の大鍋に向かって戻っていく。


白狼団は、時折流れの戦士を入れる事があっても、精々20〜30人の少数軍団。

もちろんシェフなんて雇ってないし、

飯は各々がてきとうに作って腹を満たしている。

しかし、生まれた時から白狼団に所属していたセリアは

「戦士見習い」として訓練している間、みんなを労う為によく料理を振舞っていた。


そういう意味で、この白狼団で「料理」といえば、

セリアが第一に思い浮かぶのは当然の事だった。


《転生者かもしれないっていうのに……お父さんらしいと言えばらしいけど…》

夜に輝く白銀の長髪を縛りながら鍋に火をくべ、セリアは手早く調理を始めた。

まずは生魚のように臭みのある銀瓜を細かく刻み、塩をまぶして下味を染み込ませる。


干しサーヴァ肉は独特な香りの赤根草と一緒に水に浸し、ゆっくりと火にかけて出汁を取る。

やがて鍋から立ちのぼる野性的な香りが、疲れた空気の中に温もりをもたらしていく。

刺激的な辛味のあるルテアの種をすり潰し、刻んだ銀瓜と一緒に油で軽く炒ってから鍋に投入。

これが独特の風味とパンチを引き出す。


しばらく煮込んだ後、最後に焼き芋の残りをほぐし、甘みととろみを与えると、

ほのかに金色を帯びたシチューが完成した。


(……こんな場所でも、鍋の前に立つと気持ちが落ち着くのよね。)

木の椀に丁寧に盛りつけ、セリアはそれを手に再びジョーの前へと戻った。


「さあ、出来たよ。セリア特製“甘辛戦場シチュー”。」


ジョーは椀を見つめたまま、少しだけ目を細めた。

「……腕が縛られてて、食えない。」

「逃げられたら困るからね──私が食べさせてあげる。」

そう言って、スプーンに一口分を掬い、ジョーの口元へと差し出した。


ジョーはゆっくりと口を開け、シチューを受け取った。


数秒間、咀嚼そしゃくする音だけが聞こえた。

彼は少しだけ目を上に向け、なにかを思い出すような顔をした。


そして──静かに一言だけ、呟いた。



「……美味おいしい。」

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