003話_その男、枯尾花時養

セリアが焚き火の男を見つめていると、

背後から杖の音とともに父バルトが歩いてきた。


「帰り際にライグが見つけたんだ。戦場の端で一人草を摘んでいた。

 怪しいだろう?だからとりあえず副団長権限で縛って持ってきたらしい。」


「何のために草を?」


「さあな。本人に聞いてみろ。」


バルトの肩をすくめる仕草に、セリアは小さく息をついた。

焚き火に照らされた男──その存在感は、異物というより、もはや別物だ。


静かに、セリアは口を開く。

「あんた、名前は?」


一瞬の沈黙ののち、男は低く、だがはっきりと答えた。

「……枯尾花時養かれおばな じよう。」

「……今言ったのは名前かい?それとも呪文?」

れ木に尻尾のばなは花火の花…」

「わかったわかった!なんて呼べばいい?」

時養じよう。」

「じ、じよう……変わった名前だし、言いにくいね…

 とりあえず『ジョー』でいいか。」

「なんでも良いよ。フランスではジョンだとかジャンだとか色々言われたし。」


セリアは小さく首を振った。言葉のやり取りが少し噛み合っていない気がする。

「で、ジョー。何処からここまで来たんだ?」

「…確か…材料を買い足しに外へ出たら、ここにいた。」


「……団長、こいつ会話になんないよ」

「ガハハハッ!やはりお前もか!!」

ぼやいた声に、バルトが思わず豪快に笑う。

「ククク…まあまあ、そう言うな。

 戦場で草を摘んでる奴だ、まともな訳がないだろう?」


焚き火の音がパチパチと静かに響く中、バルトが男の前に腰を下ろし、

唐突に問いを投げかけた。

「お前、を知っているか?」


ジョーは、短く、何の感情も込めずに答えた。

「知らない。」

その一言を聞いた瞬間、セリアの中で何かが繋がった。

《この男……まさか──》


その姿、発言、そして漂う異物感。

思い至る言葉は一つしかない。


《──転生者てんせいしゃ。》


ヴェルトゥス大陸において、稀に現れる“異界の者”。

どこから来たかはそれぞれ異なるが、彼らは皆、常人とは違う力を持ち、

武功ぶこうや偉業によって歴史に名を刻んできた。


現在、白狼団が攻めているクシェリア王国もまた、

かつて転生者が大陸全土を制し築き上げた国だと言い伝えられている。

とにかく、転生者は“世界を変える力”を持っているのだと──

そう、この世界では信じられている。


この場違いな男が、果たして何を変えるのか──

それを知る者は、まだ誰もいなかった。

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