002話_夕暮れの死神

日は傾き、空があかに染まる頃。

戦の喧騒けんそうもようやく沈み、白狼団の夜営地には

焚き火の光がぽつぽつと灯り始めていた。


セリアは返り血のついた斧を肩にかけ、焚き火の間をゆっくりと歩く。

疲労の波がようやく意識に追いついてくる。だが、それは全員同じだ。


『姉御!よくぞ御無事で!』

「こんな所でくたばるかよ!お前らもケガしてんなら大人しくしな!」

『姉御、あの後そっちは大丈夫だったか?』

「今日は助かったよライグ。なんとか抑えたが明日も変わりなく攻めて来そうだ。」

幸いなことに団員は皆、大小様々なケガこそあれど、

見送りが必要そうな奴はいなかった。


「お疲れ、姉御~。今日もすげえ戦いだったな!」

「……腕の1.2本じゃ足りないくらいね。明日に備えて早く寝な。」

軽口を叩く調達係のノックスに短く返しつつ、

彼女は隊営の中央──父、バルトの元へと向かっていく。


華奢なセリアとは血がつながっているとは思えないほど、筋肉隆々きんこつりゅうりゅうの巨体。

白髪をワイルドに逆立てた姿は、まるで歴戦のオオカミを連想させていた。

彼の横には杖が立て掛けており、既に戦えない体である事を証明していたが、反面、体中に走る古傷がむしろ彼の勇敢さを物語っていた。


焚き火のそばで静かに煙草をくゆらせるその姿は、前線に出られなくなった今でも、

戦場では誰よりも重く、セリアにとって誰よりも安心できる背中だった。


「団長、報告するよ。東の丘陵地きゅうりょうちは押し返した。

 でも、奴らまだ引く気配は無さそう。補給が続けば夜襲もあり得るね。」


「ふむ……そうか。よくやった、セリア。」

父といえど、戦場での関係は団長と団員。

事務的な返事は、お互いがそれを理解しているからこそであり、

バルトがセリアを「戦士」として認めている事の証明でもあった。


報告を終えたセリアがいつも通り席を外そうとすると、

バルトは杖を支えに立ち上がり、薪をくべながらぼそりと呟いた。


「──そういえば、変わった奴を拾った。

 戦場の端でひとり、草を摘んでいたそうだ。」


「…草?」


「そうだ。妙な服を着てて、兵でも傭兵でもない。だが……あれはもしかすると…」


セリアは首を傾げたまま、父に促されるままに焚き火の奥へと歩み寄る。

そこには、ひとりの男がいた。


焚き火の明かりの中で、腕を背後に縛られた男が無言でこちらを見つめている。


黒髪の短髪。この大陸の人間ではない、どこか異国の面差し。

とはいえ背格好は普通の成人男性だった。

しかし元は白色だったはずの柔らかな衣服をまとっている事が、

戦場で明らかに場違いな存在である事を表していた。


しかし──その眼だけは見覚えがあった。



──戦士の眼差し。

それも、どんな死地をくぐってきた戦士よりも深い。

そして異様に暗い黒目を、ただ見開いている。  


焚き火に照らされた肌は死人のように青白く、

その表情には、死人以上の無表情さが貼りついていた。


《ゾンビか、吸血鬼ヴァンパイアか……いや、あれは──『死神』》


人間であるはずなのに、魔物のような風貌。

だからだろうか、不思議と目が離せなかった。


その男──枯尾花時養かれおばな じよう


後に白狼団の中で“ジョー”と呼ばれることになる男は、

まるで己の運命の終焉を観察するかのように、ただ静かにセリアを見つめていた。


剣も槍も持っていない。


だが、彼の身にまとわりつく“何か”は、

歴戦の兵よりもはるかに重く──セリアの意識を、否応なく釘付けにした。

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