001話_終わらぬ昼

砂煙の奥で、誰かが倒れる音がした。

鉄と肉がぶつかる音。断末魔は風にかき消され、

空は晴れているのに太陽は興味を失ったような顔で、戦場を見下ろしていた。


《戦とは、終わらぬ昼だ。夜が来ない。命が熱いまま、放り出されていく──》


セリア・アストルグは弧を描くように斧を振りぬき、

目前の兵士の盾ごと腕を断ち落とすと、すぐに後方へ退いた。

地面に散る鮮血が赤黒く染まり、足音を鈍らせる。

振り返れば、仲間たち──白狼団はくろうだんの傭兵たちが、

彼女の合図に従って散開し、敵の包囲を崩しにかかっていた。


「左、三人。斜線、開けて──援護!!」


鋭く声を上げたセリアに応じて、

若い弓兵が矢を番え、狙いすました矢が敵の喉笛を穿つ。

即死だったのだろう、その死に表情はなかった。


自分もそうなるかもしれないという諦観ていかんが、

この世界では生まれた時から空気のように染みついている。


ヴェルトゥス大陸──この大陸は、美しくて、酷い。

雪山の王国も、砂の帝国も、海辺の商人たちも、なにかに飢え、誰かが死んでいる。 そして私たち傭兵は、誰の国にも属さず、誰かのために血を流す──


『あそこのダークエルフだ!突撃しろー!』


敵が再び群れを成し、こちらの中央を突破しようとする気配に、セリアは斧を構え直した。だがそのとき、遠くでほのおが上がった。白狼団の副団長、ライグの投げた火薬瓶が敵の軍勢に直撃したのだ。


「任せた、ライグ!」

「そっちも気をつけて、姉御!」


セリアの耳に届くその声に、短く笑みが浮かぶ。

だが、それも一瞬のこと。

彼女は再び、褐色の肌に白銀の髪をなびかせ、敵の群れの中へと飛び込んでいった。


戦う理由は、ここが居場所だから。


詳しく聞いたことは無いが、私は人類とダークエルフとのハーフ。

エルフ──つまり『亜人あじん』の血を引く私の居場所は、そう多くない。


だから、団長である父に付いていき、気づけば武器を握っていた。

そして戦ってきた時間が、自分をこの場所にい止めているだけだった。



でも──たまに、思う。

もし、この血の匂いのしない場所があったなら。

もし、この手が斧じゃなく、何か別のものを握っていたらって──


こめかみを横切る矢が現実に引き戻す。

思考を断ち切るように、クシェリア王国の軍旗が風にはためいた。

彼らの戦列が、まだ崩れきっていない証拠だ。 セリアは深く息を吸い込む。


「……あと、半刻はんとき。なんとしても持たせるよ!」


誰にでもなく、誰かに言い聞かせるように叫ぶ。

この地獄の昼が、少しでも終わるようにと祈るように。


だが──この日、白狼団の運命を変える《ひと皿》が、

もうすぐ戦場の片隅で火を灯すとは、誰も知らなかった。

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