お届けもの
自動ドアが開く風を感じながらマンションのエントランスに入る。夕焼けのオレンジ色がパンプスのヒールを照らし、たてる音と共にコンクリートに吸収されていく。カバンのファスナーを開け、家の鍵をガサゴソと探しながらエントランスを通っていく。
「お疲れ様です」
すれ違う宅配便のお兄さんに挨拶をされ会釈をした。ふとそういえばこの間ネットで買い物をしたなと思い出し、エントランス右手奥の郵便受けに向かう。郵便受けを開けて配達通知書を確認し、横に備え付けられている宅配ボックスに向かう。まだ建てられて間もないこのマンションは若者の単身者向けに作られており、機械式の宅配ボックスが設置されている。入れられる宅配便のサイズは制限されるものの、一人暮らしで平日の受け取りが困難な私にとっては有り難い設備である。
早く荷物を開けたいなとウキウキしながら宅配ボックスのダイヤルに暗証番号を入力していく。ガチャリと音がして扉を開ける。中にはショッピングサイトのシールが貼られた小さめの段ボールが一つと、その上に茶色い紙袋のようなもので包まれている小包が一つ入っていた。
「何だろう、これ」
段ボールごと荷物を二つ取り出し、宛名を確認する。段ボールにははっきりと及川美香と自分の名前が書かれている。もう一つの小包を確認すると、マンション名と部屋番号は書かれているが、宛名は何も書かれていない。段ボールの他に何も購入した記憶がない。私が引っ越してきてまだ二ヶ月しか経っていない。もしかしたら前の住民の荷物かもと思い宅配ボックスの扉を閉め、急いでエントランスを走って出る。まだマンションの前に宅配便のトラックが停まっているのを確認すると、トラックの荷台を閉めようとしているお兄さんに声をかけた。
「あの!すいません」
「はい。どうかしましたか」
お兄さんは荷台を閉めるとこちらを振り返った。
「これ、私宛の荷物じゃないです。私引っ越してきたばかりなので、もしかしたら前の住民さんのものかもしれないです」
お兄さんに小包を差し出すと、不思議そうに受け取って小包を確認する。
「すいません、確かに宛名書かれていないですね。会社帰ったら後確認してみます」
「お願いします」
「ありがとうございます。わざわざ届けていただいて」
「いえ、とんでもないです」
宅配便のお兄さんは深々とお辞儀をすると、小包を持ってトラックに乗り込んだ。お兄さんに会釈をするとマンションのエントランスに戻って行く。間違えたんだろうなと思いあまり気にしないことにした。
早く購入した段ボールを開けたい。足取り軽く、オートロックのドアの鍵を開ける。ゆっくりとオートロックのドアが閉まるのを感じながら、エレベーターに乗り込んだ。
ガチャリと宅配ボックスを開ける。段ボールの上に見覚えのない茶色い紙袋が見える。荷物を取り出すと、先日間違えて入れられていた小包がまた入っていた。
「またぁ?勘弁してよ」
溜息を大きく吐く。小包を手に取ると、マンションのエントランスに向かう。イライラして歩幅がつい大きくなってしまう。足音をわざと立てながら進んでいく。丁度宅配便を入れ終えエントランスを出ようとしていた宅配便のお兄さんに声をかけた。
「すいません」
「はい。あ、この間の」
どうもとお互いお辞儀をする。小包を差し出すとお兄さんは困った顔で言った。
「すいませんがこの荷物、再度調べたんですけどこの住所宛でして。お客さんの荷物ではないですかね?」
「いえ、違います。こんなもの買った覚えもないし、誰かから送ったていうメッセージもないし」
「そうですか。すいません、もう一度確認してみますね」
宅配便のお兄さんは小包を受け取ると会釈をしてエントランスを出て行った。仕事用なのだろうと思う端末の電子音が遠くで響いている。溜息を吐くと宅配ボックスのところに戻った。何だか変だと思いつつちょっとイライラする。せっかくセキュリティと利便性を考慮して家賃が少し高いこのマンションにしたのに。こうも間違いが続くと嫌になってくる。宅配ボックスから段ボールを取り出して勢いよく扉を閉める。
エントランスに戻り、オートロックのドアを開けようと鍵を差した瞬間誰かから見られているような気がした。しんとした空間の中にどこからか視線を感じる。唾を飲み込み勢いよく周囲を見回す。
そこにはいつもと変わらないエントランスが広がっているだけで誰も、何もいなかった。
「何だか気味が悪い」
急いで鍵を開けてエレベーターのボタンを連打する。どこからかの嫌な視線だけが背中にまとわりついている。一刻も早く自分の家に帰りたい気持ちでいっぱいだった。到着したエレベーターに乗り込むと、すぐにドアを閉めた。ゆっくりとドアが閉じていく。上昇するエレベーターから、ずっと閉じないオートロックのドアを眺めていた。
誰もいないのにどうしてドアが閉まらないのだろうか。
不思議に思いつつも今はさっきの視線が怖くて、自分の階にエレベーターが到着するのを待った。普段ならすぐ着く筈なのにいつもより長く感じる。早く着かないかと思いながら階数表示を見つめる。軽い音と共に到着すると、勢いよくエレベーターを飛び出して鍵を開け自分の部屋に入った。
深呼吸をする。高鳴る鼓動を落ち着かせるように深く息を吐き、ドアスコープから外を覗く。
そこには誰もおらず、ただただ自分の玄関の風景が広がっているだけだった。きっと仕事で疲れて視線を感じたのだ。ふーと息を吐き、安堵した途端肩の力が抜ける。自分の思い違いだろうと鍵を掛けた。
「それって本当に美香の荷物じゃないの?」
アイスコーヒーをストローで混ぜながら友人の菜々は言った。テラス席がある人気のカフェは、休日で一層賑わいを見せている。ランチを食べ終え仕事やプライベートの近況報告をし終えた後、新しいマンションの話をしていた。その時に二回ほど間違えて入れられていた荷物の話をしたのだった。
「違うよ。そんなの買ってもないし。それに今の時代、誰かから荷物送られてきたら送ったよって連絡くるじゃん。宛名もないし、なんか変じゃない?」
菜々は頬杖をついて考えている。綺麗に塗られたネイルが外の光を反射させていてより綺麗に見える。ネイルの色と色味を合わせてきたのだろう、水色のノースリーブのワンピースが夏らしくて可愛い。菜々が考えている間、氷がカランと音を立てて崩れて、外はすぐに氷が溶けてしまうくらい暑い。テラス席にしなくてよかったと思いながら、頼んだ紅茶を飲んだ。
「サプライズとかは?宛名を書かないのは変だけど、もしかしたら書き忘れちゃったのかもしれないし。美香この前誕生日だったじゃん」
「でも、私が引っ越したの知ってるのなんて菜々と家族と会社の人くらいだよ?」
「その中で誰かプレゼント送ってくれたのかもしれないよ。次もし届いたらさ、開けてみなよ。違かったらまた宅配便の会社に返してやればいいんだし」
「えー。なんか怖いんだけど」
菜々は軽く笑いながら言った。
「大丈夫、大丈夫。気にしすぎ。そんなことよりさ」
すぐさま最近見たい映画の話題になり、荷物の話は終了した。前回届いた時に変な視線を感じたことを伝える隙がなかったが、せっかくの休日に会っているんだし、これ以上変な話をするのは雰囲気が壊れそうでやめておいた。もしかしたら本当に菜々の言うプレゼントで送られてきているのかもしれない。次届いたら開けてみようかと考えながら菜々の話題に相槌を打つ。店内の騒がしさと相まって、少しすると荷物のことなんてすっかり忘れていた。
菜々と早めに別れ、自宅に帰る。菜々の話を聞いて、もしかしたら本当に自分宛の荷物なのかもと思う。二回も戻ってきているなんて、よくよく考えてみたらそんな気がする。夕方のまだ残った暑さを肌で感じ、自宅までの道のりを早足で進んでいく。服が汗を吸って、じめっと纏わりついてくる。携帯で溜まっていた返信を返しながら歩いていると、あっという間に到着した。
鍵をカバンから取り出し、エントランスに入ると真っ直ぐ郵便受けの方へと向かっていく。ポストに配達通知書が入っているのを確認すると、少し緊張しながら宅配ボックスを開けた。
そこには二回見たあの茶色い小包が入っていた。慎重に取り出し、ゆっくりと外装を確認する。住所は書かれているが、やっぱり宛名は書かれていない。菜々の話を思い出して、本当に自分の荷物なのかもしれない。確かめてみようと、小包を部屋に持ち帰ることにした。宅配ボックスの扉を閉め、自分の部屋に向かう。この間感じた嫌な視線は感じず、ほっと胸を撫で下ろす。
自分の部屋にたどり着くと、鍵をかけ履いていたサンダルを脱ぎ捨てる。リビングにたどり着くと荷物をその辺りに投げやって小包を見つめた。三回も宅配ボックスに入れられ、最初の時よりも外装の紙袋がくしゃくしゃになっている。よく目を凝らして見ると中に小さな箱のようなものが透けて見える。あまり重くなく振ってみても音はしない。一応傷を付けないようにしないとと思い、ハサミを取りに立ち上がった。外はまだ明るい。微かな光を頼りに紙袋をハサミで開け、中の箱を取り出した。
「……何これ?」
赤い和紙のようなもので出来ている箱が姿を表した。どこか、おばあちゃん家にありそうな古いデザインだ。上の蓋が少し大きく出来ており、上に引っ張ると箱が二つに割れるタイプものだ。ところどころ和紙が剥がれていて、まるでさっきまで使っていたような肌触りである。とてもプレゼントに渡すような箱には見えない。
ああ、やっぱり間違いだったのだ。きっと前の住民のものだったのだろう。少し申し訳ない気持ちと、ここまで見たのだから最後まで見ても変わらないのではないかという気持ちになった。幸いなことに、箱にテープなどは貼られておらず、すぐに開きそうである。プレゼントには見えないこの箱が何なのかどうしても確かめたくなってしまった。すいませんという気持ちと、後でまた宅配便のお兄さんに返却しようという気持ちで箱を開けた。
中には何も入っていなかった。物は何も入っておらず、小さな名刺サイズの紙が1枚入っていた。紙を取り出すと、後ろをひっくり返して見てみる。そこには住所と同じ筆跡で文字が書かれていた。
ありがとうございます。
後はよろしくお願いします。
なんだこれと、何だか馬鹿にされたような気分で腹が立った。あんなに何回も送ってきていた癖に、紙切れ1枚だなんて馬鹿にしている。今すぐに破り捨てたい気分だった。
一応自分のものでは無かったので、紙を箱に戻し蓋をする。紙袋に戻そうと底を見た瞬間びっくりして箱を手から落としてしまった。
箱の底には古いお札がびっしりと貼られていた。一番上には比較的新しいものが貼られている。
まずい。私はやばいものを開けてしまったのかもしれない。途端に体の震えが止まらなくなり、急いで箱を拾い上げ、紙袋の中にしまってリビングの棚の引き出しにしまった。見なかったことにしたい。どうしようと思い、やっぱり宅配便の会社に返そうと思った。誤って開けてしまったことを誤り、私のものではないとまた返却しよう。
棚の前を二、三回往復しているとふと視線を感じた。前回エントランスで感じたものよりずっと強い、まるで後ろにでもいるかのような強い視線だ。
おーい。
後ろから変な声がする。どこかノイズが走ったような、低音の男性のような声がする。絶対に振り返ってはいけない。直感的にそう感じた。振り返ってしまったら何かいけないことが起こるような気がした。
次の日。昨日から私は強い視線を感じていた。家でも会社に行く時も、仕事中も、ずっと視線を感じている。時々後ろから声がして、聞こえるたびに冷や汗が止まらなくなる。これはやばいと、会社に行く前にあの小包を持ち、会社帰りに宅配便の営業所で小包を返却しようと思っていた。
仕事を終え、会社近くの営業所に急いで向かう。視線を感じながら、早くしなきゃと小走りで営業所に向かった。
「次は開けずに持ってきてくださいね」
「はい、すいません」
営業所に着くなり急いで受付のおばさんに間違って開けてしまったことを謝り、小包を返却した。おばさんは怒ることも無く小包を受けっとた。おばさんが小包を受け取る瞬間少しだけ肩の荷が降りたような、安心感に包まれた。小包は送り主も分からず、間違って何度も配送されていることから一旦配送を止め保管されるらしい。
「すいません、よろしくお願いします」
会釈をし営業所を後にする。視線を感じなくなっており、軽い足取りで自宅に向かう。空気が澄んでいて、建物に反射する夕焼けが一段と明るく見える。ほっと胸を撫で下ろしながら自宅に向かうと、マンションの前には宅配便のトラックが停まっていた。
「お疲れ様です」
トラックから荷物を下ろしている宅配便のお兄さんに声をかける。お兄さんは私に気づくと笑顔でお辞儀をした。
「あ、お疲れ様です。そういえば、あの荷物どうなりました?また配送になっていて」
「また私の宅配ボックスに入っていたんですけど、私の荷物ではなかったので今宅配の営業所に預けてきました。これで大丈夫だと思います」
「よかったです。すいません何度もお手数をお掛けしてしまって。また何かあったら言ってください」
「ありがとうございます」
お辞儀をし、一安心してマンションのエントランスに入る。郵便受けに向かうが特に何も無く、安堵して自宅に帰った。
数日が経ち、何事も無く日々を送っている。視線を感じることも無く荷物が送られてくることも無い。エントランスを何事も無く通り、エレベーターに乗り込む。上昇するエレベーターから閉まるオートロックのドアを眺めているとふと、気になった。
前乗った時はオートロックのドア、ずっと開いてたな。
自宅の前に着くと、鍵を開ける。すると、扉の下に段ボールが置いてあるのが目に留まった。
「置き配なんかしてたっけ」
少し考え、そういえば一昨日ネットで新しいバッグを買ったことを思い出した。ダンボールを手に取ると玄関の扉を開け、後で開けようと廊下にダンボールを置いた。着替えたり家事をしたりしているうちにダンボールのことなんてすっかり忘れていた。
ピーンポーン
インターホンがなる。インターホンのカメラを確認する。
「〇〇宅配便のものですが、及川様宛に1件荷物が届いておりまして。宅配ボックスに入らないので、お受け取りお願いしたいのですが」
「はい、今開けます」
オートロックのドアを解除し、宅配便の人が中に入るのを確認するとインターホンを切った。バッグ以外に何か買ったのだろうか。考えつつ、受け取る身支度を整える。
ピンポーン
「はーい」
チャイムがなると、返事をし急いで玄関を開けた。
「お届けものです。及川美香様でお間違いないですか」
「はい。間違いないです」
「こちらにサインをお願いします」
軽くサインをするとダンボールを受け取る。中々の重さのダンボールだ。もしかしてこっちがバッグだろうか。
「ありがとうございます」
「はい、ありがとうございました」
扉を閉め、荷物を開けようとリビングに持っていく。廊下の荷物も開けようとダンボールを手に取り、ガムテープを剥がし開封した時だった。
おーい
声が聞こえる。遠くから男性の低い声が聞こえた。
ドンドンドン
ドアをノックする音が聞こえ、もしかしたらさっきの宅配便の人かもと思い振り返った。
「あ……」
振り返っては行けなかった。あの荷物を返却し安心しすぎていた。荷物が手元にないから大丈夫だろうと、すっかり忘れていたのだ。
そこには、⬛︎⬛︎⬛︎がいて私のことを真っ暗な闇から見つめている。
ふと手元のダンボールに目を落とすと、中にはあの赤い和紙で出来ている箱が姿を覗かせていた。
その日から私には、⬛︎⬛︎⬛︎がずっと見えている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます