第19話

不死鳥の言うことをすぐに信じるのは、難しいことだった。王と客人は何度も顔を見合わせて、どうするか思案し、結局不死鳥のあとに続いて王都へ帰ることにした。


王には国を守る責務がある。もし本当に水が枯れていたら、彼はそのことについて取り組まなければならない。この鳥を信用しきれないという彼の事情は、この際取り上げるまでもない、ささいなことだった。


「旅に無理に付き合わせたあげく、すぐに戻ることになるとはな。そなたにはすまないと思っている」


王は太陽の下で客人に謝った。彼はこれまで自由に─時に混乱を巻き起こしながら生きてきたが、そのことをすんなり受け入れるのは難しかった。他者に迷惑がられたり、愚か者だと言われるのは、この王にとっても辛いことだった。


「ここからならば森林の国のほうが近い。そなたが帰るのならば、ここで見送ろう。どうする、タタユク?」


王は妙にはっきりとした声でそう言った。客人はそれに驚くと同時に少しの寂しさを覚えた。


「わたくしはもともと、砂漠の国について学びに来たのですよ。あなたの国に戻れるのならば、よろこんでお供いたします」


客人は強い口調で言ったあと、あっ、と声を上げた。


「水が枯れはじめているときに客人が来ては、迷惑でしょうか?」


その声の変わりように、王は砂を見ながら少し笑って、こう答える。


「いいや。王都の周りはさまよう湖しかないが、砂漠の縁のほうへ行けば豊かな川がいくつもある。不死鳥にたのんで、王都の者にはそこへ避難するよう指示を出したから、それほど大事にはならぬだろう」


しかし、その川さえも枯れていたら?


客人は一瞬頭に浮かんだ言葉を振り切った。王の色違いの瞳が揺れているのを見たからだ。彼がその背に持つものをこれ以上重くしたくなかった彼は、何も言わないことにした。


「ここから王都までまっすぐ歩いても、八日は掛かる。平気か?」


「ええ。砂にはもう慣れましたから、どこまででもゆけます」


「そうか」


王は、自分の動揺が客人に伝わっていることを認めながら、それを隠そうとした。彼は自分が王であることを嘆いていたが、それをいずれ王になる友の前では絶対に見せないと決めていた。彼がこの世界に─己の役割に絶望しないよう、王は自分の心を隠すことにしたのだ。




ふたりは、ひとたび王都に戻れば、しばらく旅には出られないことが分かっていた。だから水が枯れつつあることはあえて口には出さなかった。ただ、この旅や互いのことについて語りながら、帰路に着いた。


「そなたと旅に出られてよかった。私の人生で唯一のひとときだった」


「それは、わたくしにとってもですよ、カシュハさま。このようにかけがえのない友人と出会えたのは、流星よりも得難いものでした」


「ふ……そなたは手に入れるだろう。流星を」


その笑みには確かに苦しさが込められていた。客人は、この友人が王の立場を苦々しく思っていることを知っている。この博識で豊かな友人が己の身を案じているという事実は、客人の心にあたたかな火を灯した。


「ええ。あなたと同じものを」


振り向く右目にちらと光が映る。奥深くにある星のかけらが輝いたのだ。


「……そなたはこの旅のあいだで自信がついたようだ」


「あなたのような友人がいて、不安になることなどあるでしょうか?」


「ふふ、よせ、そなたはただひとつでも輝く星だろうに」


いいえ、あなたが居るからです……と言う、その勇気だけがなかった。


「星はひとつでも美しいですが、他に星がなければ星座にはなれません」


「ああ、確かに。それで言うなら、私たちは何の星座だろう?」


「旅の星座……でしょうか。遠く離れた星を、まっすぐ一本に結ぶのです。もっとも大きくて、もっとも単純な星座になります」


「気に入った。残念ながら星空は見れぬが、その星座だけは、いつでもこの瞼の裏側に刻んでいよう」


目を伏せて微笑む王の横顔を、客人はそっと盗み見た。浮かび上がる輪郭は砂丘を思わせ、その瞳は、ひときわ輝く赤色の星に見えた。






帰路のあいだ、王は凪いだように静かだった。


それは不安を覆い隠すためであったし、また、王の苦労をかの友人に見せぬためでもあった。


けれど、心は隠せても、肌や声の響きは隠せない。王の身にだんだんと現れた変化は、二人の心を大きく乱した。


「カシュハさま、その目は一体どうしたのですか」


それが初めて現れたのは、砂漠の国に向けて歩き始めてから、三度目の朝のことだった。


「目? とくに変わりはないが」


「右目のあたりに、青いあざができております。痛くはないのですか? どこかにぶつけたのでしょうか」


「いや、そのような覚えもない。気にするな、すぐに治まるだろう」


王はそう言ったが、日を追うごとにそのあざは大きく広がり、右目の奥がずきずきと痛むようになっていった。


「カシュハさま。今日は充分に歩きました。しばらくここで休みをとりましょう」


「いいや、日が沈むまでは歩こう。そなたも、疲れているようには見えぬ」


「しかし……」


いくつかの夜を超えて、王のあざはさらに大きくなり、時たま痛むようにこめかみを押さえることも増えた。


客人は心から王を心配していたが、王はそれを受け取るわけにいかなかった。


「私の身を案じているのは分かるが、行かねばならぬのだ。分かってくれ、タタユクよ」


客人は毎日、毎晩、大切な友のあざがこれ以上大きくならぬよう、祈っていた。彼の苦しみを自分に移してもよいから、どうかこれ以上はと願い続けていた。


七つの夜のあいだ、タタユクはいろんな話をした。故郷や自分の話、ともに歩いた砂の地の話、そのときに交わした言葉などを必死に紡いで、なんとか王に平穏な─幸せな─夢を見てもらおうとした。浮かび上がる砂丘のような輪郭を見ながら、どうかこの時が永遠であるようにと願った。


けれど、その祈りが届くことはなかった。


王都に着くころには、王の肌は宵闇のようになっていた。



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