第20話
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コウ
旅の終わりが少しずつ近付いているようで切なくなってきました。砂漠の国と王はこれからどうなるのでしょうか? まるで友のことのように落ち着かず、どきどきしています。早く続きが読みたいです。
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夜食を片手に小説を書いていると、見慣れた名前が画面に表示された。
ほむらはすぐに飛びついて、にまにましながらメッセージページに移動する。
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ほむら
暗い感じで終わってしまったので反応を見るのが怖かったですが、コウさんのコメントを読んで安心しました。いつも本当にありがとうございます!
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コウ
物語が進展している感じで、続きが気になります。
コメントに関しては、毎度懲りずに拙文をお送りしてしまい、お恥ずかしい限りです。少しでもお役に立てているなら幸いです
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ほむら
今までもらったコメントだけで完結まで走れそうなくらい感謝してます、ほんとに!
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その後、しばらく入力中の円が表示されていたが、何度も付いては消える。ほむらがちらと時計を見たとき、新しいメッセージが表示された。
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コウ
このお話は、できることならずっと続いて欲しいですが……ほむらさんの中でははっきりと終わりがあるようですね
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ああ、それがショックだったのか。ほむらは胸がきゅうっと締まるのを感じた。
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ほむら
今で三分の二くらいです。もうすぐ終わります……。おれも終わらせたくないなって思ってたので、コウさんが同じように思っててくれて嬉しいです
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コウ
もうそんなに進んでいたんですか? 年内には終わってしまいそうですね……来年から楽しみが一つ減ります
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文末の泣いている絵文字がなんとも愛しい。ほむらは少しの恥ずかしさと喜びのまま、次の文章を打った。
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ほむら
実は、これが完結したら、ほんとの砂漠に行こうと思ってるんです。今まで行ったことなくて。おれはそれが楽しみです。
コウさんは、何か楽しみってありますか?
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コウ
砂漠に行ったことがないのに、どうやってあの内容を…? 何かで調べながら書いているんですか?
楽しみといえば、秋ごろに好きな作家の新刊が出ることくらいでしょうか。冬になると外にも出づらくなりますから、楽しみは少ないですね……。
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ほむら
砂漠については、ほとんど調べてません。頭の中にあるものをそのまま書いてます!
好きな作家さんが居るんですね。どういう話を書く人なんですか?
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ここ最近、コウに対してのメッセージは、それほど時間を掛けずに送れるようになっていた。それは言葉の出力に時間がかからなくなったというのもあるが、コウへの信頼から、多少変なことを言ってもいいかな、という安心感が芽生えたからだ。
しかしこのときは、青色のメッセージを読み返したあとで、少し顔が赤くなった。
ほむらは明李と出会ってから、砂漠の王だったことをすんなり受け入れすぎている節がある。無意識にそのような素振りをして、恥をかくのはこれが初めてではない。
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コウ
感覚派なんですね。頭の中に世界があるの、なんだか憧れます。
好きな作家は中村咲良さんという方です。機会があったらぜひ読んでみてください
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「あぁ〜……」
返信を読んで、ほむらは気の抜けるような声を出した。格好をつけたと思われたかもしれない。けれどそれを思わせないコウは大人だ。その差が、いやでもほむらに価値観の違いを認識させる。
己の下向きな思考回路に少しだけ落ち込みつつ、ほむらは努めてそう悟られぬよう、返信した。
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ほむら
中村咲良さんですね! 今度探してみます
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今日の会話はこれで終わりだろう。スマホを置いて部屋を出ようとしたとき、再びぴこんと通知音が鳴る。
「……? いつもならここで終わるはずだけど」
首に手をあてつつ、スマホを手に取る。さきほどの通知は、やはりコウからのメッセージだった。
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コウ
砂漠といえば、自分も昔、よく砂漠の夢を見てたそうです。原始風景としてはよくあるものなんでしょうね
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コウが自分の話をするのは珍しい。ほむらは少しどきどきしながら、両手でスマホを握った。
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ほむら
どんな夢なんですか?
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少しの間が空く。
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コウ
自分では一切覚えていなくて……家族が言うには、砂漠をずっと歩いている夢だったそうです。小さい頃はその夢を見るたび泣いていたので、悪夢だったのだと思います。
わたしにとって砂漠は少し怖いイメージでしたが、ほむらさんの小説を読んでいると、どんどん好きになっていきます。
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こちらの世界の砂漠は、過酷な環境の代名詞だ。ここに生まれた者にとって、砂漠に閉じ込められるのは、確かに悪夢的かもしれない。またしても横たわる価値観の違いに寂寥を感じたが、少しでもその印象を変えられたのなら、この話を書いた意味があったのかもしれない。
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ほむら
おれはずっと砂漠が好きだったので、魅力を伝えられたならよかったです。
でも悪夢を見るのは嫌だろうから……今度その夢を見たときは、オアシスを想像してみるのはどうですか? コウさんは木陰の下で休んでいて、隣にラクダやトカゲなんかもいて、ラクダのめちゃくちゃ長いまつげを見たりとかして。こんな風なら、ずっと続いても怖くないですよね?
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メッセージを送ったあとの、少しの静寂が好きだった。今この瞬間、彼はきっと笑っていて、そしてその風を起こしたのは自分だ。そこには確かな繋がりがある。それを喜び以外の何と言えばいいだろう。
ほむらは頬を緩めながらスマホの角をとんとん叩いたり、握ったりしながら、返信を待った。ふたたび画面の色が変わると、彼の笑みはより深くなった。
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コウ
いいですね。ラクダのまつげって、そんなに長いんですか? 見るのがちょっと楽しみです。今度あの夢を見ることがあったら、そこで休むことにします
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コウにも知らないものがあると思うと、ほむらはちょっと嬉しかった。歳の差があるぶん、同じだけものを与えられるのが、彼にとっては幸運に感じられた。
「ラクダのまつげは長いし、鳥の頭には毛がないし、トカゲの目はでっかいんだよ、コウさん。砂漠は生きてて、豊かで優しくて、すっごく良いところだよ。前の世界なら、閉じ込められた先で、おれが案内してあげるのにな」
いや、前の世界でそんなことをしたら、古い友人が嫉妬するかもしれない。それか星の研究所に篭って、見送りにも来てくれないかも? あのころは結局彼以外に友人はできなかったから、考えたところで無駄な話だ。
ほむらはふっと笑ってスマホの画面を暗くした。
小説を書いているときも、読んでいるときも、こうしてコウと話しているときも……ほむらの心には、タタユクが居る。
彼と再会するために生まれてきたのだから当然だ。けれど頭の片隅では、彼はここにいないと断ずる、冷静な自分もいた。それに……別れがあまりにもひどいものだったから、彼はもう自分を好きではなくなったかもしれないと思う自分も、確かにいるのだ。
「……あのときのことは考えないって、決めただろ」
ほむらは自分にそう言い聞かせた。何百回と繰り返せば、記憶は凶器になり得る。努めて楽しいことを頭に思い浮かべながら、彼は眠りについた。
その夜、ほむらは夢をみた。
砂漠の真ん中、さまよわぬ豊かな川のそばで休む夢。そこには大きな樹があって、木陰ではほむらとラクダ、それに可愛らしいトカゲたちが微睡んでいる。
それを眺めるように一人の影があったが、ほむらはそれが誰か気にもしなかった。ただいるのが当たり前で、ものすごく自然なことだと感じていた。
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