あの日〈記憶〉

生い茂る葉っぱとその香り


少し湿った土の匂いは畑から。


タオルを巻いた“the・農家”のような人


その人が歩いて向かう先は商店街


色々なところで会話に花を咲かせる女の人


駆け回る子供達


野菜や肉を売るお兄さん


焼き鳥の香り。少し焦げ臭さも混じっている


甘い甘い、べっこう飴の香り。あの女の子が持っているものだ


からから、乾いた音がする。あの赤ん坊が持っている玩具だ。





すべて、私の知らない世界。


「ッッッ……」



いきなり、寝床から転げ落ちたような浮遊感に襲われて我に戻る。


そこには、焦げ臭くて、真っ平らな世界が広がっていた。


先ほどの景色はどこの景色かなんて、いうまでもない。


仰臥位村だろう。悪魔が来る前の。燃やされてしまう前の。


私は見たことないのだけれど、この記憶はどこからきたのか。土地が記憶を覚えていたとでもいうのか。


若干湿った、深茶色の土。


履き物の跡がつく。


土地が…記憶。


いいや、こんなの憶測でしかない.


頼むから憶測であってください


でも。この憶測以外に筋の通る理由は存在するのであろうか


いいや、今考えることではない


首を振り回して、さっきの記憶を消そうとする。当然消えないが


「ひなた。たいよう。」


振り返り、一応2人の安否確認


こうして名前を続けて呼ぶと、やはり似たり寄ったりな名前であるな、と感じる


太陽と、向日葵。


「…」


2人は、虚な目で口をぽかんと開けていた


「だいじょぶ?」


たいようの顔を覗き込む


「…ぁあ、ごめ、ちょっと…なんか…ぼーっとしてたわ…ほら、おきろひなた」


きっとつい先刻の私と同じ景色を見ていたのであろう。


そう思っても、事実だったらめんどくさいことになりそうだったのであえて言わない選択を取る


たいようは隣にいるひなたを軽く叩く


「…ぅ、ぇ、え?」


言葉から見える困惑の顔色。


「いくぞ、おら。」


そうだ。行くのだ


一旦さっきのは気にしないでおこう。


私は再び前を向く。


ここは間違いなく私の故郷。思い出の場所。


5年前のあの日から。悪魔が現れたその日から。この村の時間はきっと止まっている。


__悪魔を、殺す。







かつて“悪魔の子”と罵られ、罵詈雑言を日常のように吐かれた少女はそう呟いた。


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