帰〈あの日〉
靴の裏に、土の匂いがしみついている。
この道を歩くのは、何年ぶりだろう。いや、何年「ぶり」ではない。
あの時は、敗走だった。
いまは、自分の意志で足を向けている。それだけが違いだった。
__「悪魔が出てきて、それを封印したが村は燃えた。にちかはそこから逃げてきた…?」
__「…うん。封印、かはわからないけど。近しいことだったと思う」
__「…あ、仰臥位村焼け落ち事件、てあるよ。この記事、ほら。」
__「うーわこれまた豪快に焼けたな…5年前の記事か。原因は詳しくは不明だが、民家の家から燃え広がったとされる。当時は辺りが乾燥していて、風も強かった。生存者なし、か。…え、にちかお前五年間何してたの?」
__「…さ、さぁ、、?ずっと放心状態だったな」
__「そりゃこうなるのもそうでしょ。10歳の女の子がこの現場をリアタイで目撃してたんでしょ。ていうか、原因は不明ってなってるのね。悪魔が現れたなら誰かが気配を察知していてもいいと思うのだけれど」
風が吹くたび、草がすれる音が耳に残る。
背後では、太陽とひなたが言葉を交わしているのが聞こえる。
けれど、返事はしない。
振り向いてしまえば、きっと引き返してしまうから。
道中、獣の気配が何度かあった。
にちかの耳には、その足音がどこか懐かしく聞こえた。
この土地に根付くもの。
自分の中に今も残る“あれ”と似ている、濃い匂い。
__「こんだけ広範囲で燃えたんだから、気配を察知できるような人でも避難していたのでしょう」
__「…たしかに」
__「まあ、ここにいても仕方ないし、現地に行ってみるか。道案内してくれるか?にちか」
「にちか、大丈夫か?」
太陽が声をかけてきた。
ハッとした
進むたびに感じる村の気色。それと事務所での会話が頭の中を混沌としていた
ただ、うなずく。口に出すほどのことはない。
自分が“戦える”かどうか、それは行ってみなければわからない。
木々がまばらになり、視界がひらけた。
あの村の輪郭が、もやの奥に見えた。
――仰臥位村。
名前を呼ぶだけで、胸の奥に何かがざらついた。
記憶の底で、赤く、黒く、焼けただれた何かが蠢く。
あのとき、さくまが背を向けてくれた。
自分は逃げた。見捨てた。
それなのに、いまさら何を得るつもりなのか、自分でもわからない。
だけど、進まなきゃいけない。
ここで止まったら、すべてが嘘になる気がした。
太陽も、ひなたも、何も言わなかった。
ただその歩幅で、静かに隣に立った。
次の一歩で、村の境界を越える。
深く息を吸った。
懐かしくて、苦いにおいが、肺の奥までしみ込んだ。
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