去〈嵐のあと〉
――煙が、空を裂いていた。
赤い火が、黒い闇に咲く花みたいに村を覆っていく。
視界が霞んでいたのは、ただ炎の熱のせいじゃない。
私の目が、涙で濡れていたせいだと気づいたのは、少しあとだった。
「……さくま」
名前を呼ぶ声さえ、熱で揺れる空間に呑まれていく。
村はもう、跡形もなかった。
私たちのいた洞窟も、さくまの家があった場所も、全部火という名の海に沈んだ
崩れていく。崩れていく。
あれが「終わり」ってやつなのかもしれないって思った。
その中心に、悪魔はいた。
焼け焦げた地面の上で、紅い翼を広げ、まるで楽しむように笑っていた。
『なぁ、どうする?おまえたち、負けたんだよ。』
にやり、と。
獣じみた目が、私を嘲笑う。
足が、動かない。
力が、抜けていた。
でも、その隣に立った影があった。
――さくまだった。
「にちか。俺に構うな」
短く、鋭い声。
なのに、どこか優しい響きが混ざっていた。
「やるの?」と問いかけようとした唇が、震えて声にならない。
さくまは、ただ一歩、悪魔へと歩いていった。
「……俺はあいつのやり方に、どこか納得してた。強いもんが生きるって、そういうもんだろって。でも……」
肩越しに振り返って、笑った。
それは、寂しげで、でもどこかすっきりした笑顔だった。
「おまえが、『ここが故郷だ』って言った時、ああ……俺もそう思ってたんだって気づいた」
「ぁ…あぁ…」
さくまが、何をしようとしているのか、解った。
解りたくなんか、なかったのに
__鬼族にはな!自分の命をかけた大技が一つあるんだ!!
いつかのさくまの声が蘇る
__使った瞬間自分は血の底に引き摺り込まれちゃうんだけどな、
いつかのさくまは、苦く笑う。
__でも、かっこいいよな、自分の命を引き換えにって。
だめ、だめだよ。さくま。
当時の私にはそんなこと、言えなかった。
だめ…絶対…使っちゃ…
私たちだけなら生き残れるかもしれない…
使っちゃダメ。
こんなところ、故郷じゃない、
鳥籠だ。私とさくまの。
次の瞬間、炎が風を巻いた。
さくまの体から、真紅の火焔が弾ける。悪魔が気づいた時には、もう逃げ場なんてなかった。
『おまえ、まさか……!』
「あぁ…」
私の声は言葉にならない
何からいうべきか
「一緒に地獄で寝てろよ」
綺麗な髪だった。
ぱっと見黒だけど、光があたれば赤く、強く見える髪
綺麗な目だった。
黒と赤色を基調とした目で、優しさも強さも全てを持った目だった
綺麗な口だった。
笑えば鬼特有の牙が出てくるけど、そんなに怖くなかった
綺麗な手だった。
細く、すらっとしていて、一年中暖かかった。能力の鍛錬のしすぎで、たまに火傷していた。
綺麗な性格だった
芯があって、まっすぐで、優しくて、。
「いいや、踊ろうか。」
さくまは笑う。
悪魔に逃げる暇なんかなかった。
綺麗な髪だ。
黒から橙へのグラデーション。その先には火花が散る
綺麗な目だ。
赤く、橙に、炎を纏って輝いている
綺麗な口だ。
上がった口角の隙間に見える牙が爽やかでかっこいい。
綺麗な手だ。
己の炎によって少し火傷した手。いつも優しく包んでくれた手である
綺麗な性格だ
己の命を、こいつの封印に使う
自分のために使わなかった
潔く。まっすぐに。やさしく。
私の友達として、勿体無いくらいの…
瞬間、視界が白に塗り潰された。
さくまはこっちを見て、悲しそうに笑う
光が走る。爆ぜる。
耳が聞こえない。何も見えない。
けれど、胸の奥でわかってた。
――さくまはもう、いない。
私は、ただ膝をついていた。
音も色もすべてを飲み込む炎の中で。
何もできなかった自分の小ささを噛みしめながら。
「……ごめん、さくま」
声は、誰にも届かなかった。
あぁ…神様。ひどいです。なんて酷なことをするのですか。
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