第8話 神託《レヴェレーション》


 二つの極地の一撃により白く何も無い空間へと変貌した世界。

 

 その白き世界を奪い合うように赤と銀の光が明滅する。

 それは鋼鉄をはるかに超えた、不壊の金属による打ち合いによって生じる、火花。


「ハッ、死に際だってのに、やっとギアが上がってきた。もっと火力上げろ、陽炎!!! じゃなきゃ凍え死んじまうぞ!!!」

「フン、面白い。その威勢ごと、魂まで燃やし尽くしてやろう!!」


 再び剣線が重なる。

 続けざまに業火を纏う刃が横に一線を結び。這い出る《冷域》の力を押し返し、白き世界を簒奪していく。


 どうやら要望に答えてくれたらしい。先よりも遙かに高くなった温度は《冷域》の中にいても尚、皮膚がヒリヒリと痛くなるほどだ。


「面白くなってきた」


 冷域の力を剣に纏わせ迫り来る煉獄の刃を打ち落としていく。


 死闘は手段であり目的ではない。

 

 確かにそうだ。

 だが気づけば、死に近づくほど昂るジャンキーになっていた。


 今まさに生命が躍動しているのを感じる。目先の欲と兆しの見えた目的地。どちらも譲る訳にはいかない。


「ハッ、人生ってのは求めてなんぼだよな」


 銀月を握り直す。

 空気を焼きながら絶え間なく降る業火の連撃を、感覚と予測で捌き切り《冷域》で業火を相殺する。


 そして、変換した魔力をすかさず身体強化に回し、大ぶり直後の陽炎の懐へと最速で肉薄する。


「───シッ!!」


 風を切り裂くように加速し陽炎の首筋に向かう刃先。その刃の軌道を追うようにキラキラと眩い雪の結晶が舞う。


 美しく見える、それは地獄の業火さえ喰らう。


 最高最速の冷刃。

 速度、間合い、タイミング。そして仕掛け、全てが完璧。


 刹那、確実に陽炎の首が飛ぶ。


 ──そのはずだった。  


「ハッ、マジか……!」


 思わず俺は目を見開いた。

 間違いなく、最高の一撃。確かに銀月は陽炎の首へと届いた。


 だが、まるで刃先が錆びのかと思う程に刃が通らない。銀月の纏う《冷域》の魔力もまた完全に霧散した。


 極限まで身体強化を施した肉体と莫大な魔力を込めた銀月を持ってして、なお首の皮すら切れない。


 人智を遥かに超越した肉体強度。

 

 首元に当てがわれた剣をまるで意に介さない陽炎は、ただ全てを見通すかのような赤く燃え盛るような瞳で俺を見下ろしていた。


「無粋な剣だ。欲に飲まれた思考で振られた刃で、我の首が取れる思ったか? 笑止。身の丈に合わない力で我を忘れ、判断を欠くとは」


 耳の奥を直接叩くような低く響く、陽炎の声。

 

「やはり貴様は、ルミナスに選ばれし勇者に値しない。ここで死んでおけ、貴様の力では我を堕とせん。迦具土【滅星】」


 陽炎の右手に爛々と輝く灼熱が集まる。

 そして再び放たれようとしている、星を焼く最強の一撃。

 

 それもゼロ距離でだ。もはや受けることも、回避することも不可能。待つのは死、いやそれ以上の肉体の一欠片らも残される事はない、完全な消滅。


「判断を欠いたのはテメェだよ、陽炎。俺に。その時点で俺の勝ちは決まった」

「何……?」


 陽炎の瞳が、一瞬だけ揺らいだ。

 そして、その動揺を更に誘うように、首筋に置かれた銀月の切っ先から白銀の霧が滲み出す。


 それは、空気や肉体を凍てつかせる冷気とは異なり、陽炎の奥───魔力の流れ、そのものを凍結させる冷気。


「《冷域》を全開放した時に、凍結されてた記憶が俺の中に少しづつ流れてきた。そして、少しだが理解した。───能力の本質ってやつを、な。《冷域》ってのは冷やす力じゃねぇ──止める力だ」


 身動きをとる間も無く陽炎の全身が世界の理すらも静止させる白銀の霧に覆われ。今にも世界を燃やさんと刀身に集まっていた灼熱は形を保てず崩れていく。


「この冷気……成程、最初から相打ち覚悟の諸刃の剣か。自分の命を駒とする。言うだけならば簡単だ。だが、ここまでネジが飛んでいるとは……」


「ハッ、やっと気づいたのかよ。嬉しいことに俺の寿命は残り数分。それはつまり自爆が使えるってわけだ。俺は、テメェの魔力の流れを停止させた。俺のものな。時期に魔力そのものが停止される。そいつがどういうことか説明するまでもないよな?」


「……貴様の世界に全てが飲み込まれるというわけか。魔力のない世界……久しく忘れていた感覚だ。己の肉体と一振りの刀。沸るぞ」


 歓喜の混ざる声と共に陽炎の雰囲気がガラリと変わる。

 

 そして、刹那─────流星が降った。

 

 「ッ!?」


 反射。完全に見えていた訳じゃない。目の端に映る。ただ振り下ろされる。それに、無我夢中で銀月を振り抜いた。

 だが、まるで巨大な隕石を身に受けたような衝撃に体は耐えられなかった。


「ガハッ!!!」


 凄まじい勢いで白い地面に叩きつけられ、口から血が吹き出し、視界が血色に染まる。 


 何が起きたのか。考えてる暇はない。

 その場を離れる為。後転し立ち上がり、バックステップで距離を稼ぐ。


 すると、俺がさっきいた場所に轟音と衝撃が響く。あまりの衝撃に骨が軋む。悲鳴を上げる。視界に滲む血を拭い。爆発地点を注視する。


 また、地面が爆ぜる。

 俺目掛け一直線、再び奔る流星。


 だが、さっきの不意打ちとは違う。  

 今は捉えてる。


 流星、それは────縮地と斬撃。

 魔力を失って尚、この速さ。究極的な力と技。

 メラメラと陽炎から湧き立つ闘士は魔力を失う前よりも、遥かに研ぎ澄まされているのがわかる。


 一瞬で、一足一刀の間合いに入る。コンパクトに右上から振り下ろされる袈裟斬り。その間合い、軌道と速度。思考の間を縫うように絶妙。


 俺の肩へと刃筋が届く、その瞬間。

 右足に重心を移し、その斬撃に沿って角度を調整し、斜めに銀月を差す。


 すると剣と刀は火花を散らし。金属が擦れる音が響く。そして、陽炎の斬撃が滑るように僅かに逸れる。


 完全には逸らせなかった。地面へと落ちる斬撃の重みと衝撃によって弾かれるように飛ばされ、地面を転がる。


 ただ、距離を取れる分には好都合。あの馬鹿げた速度の斬撃を至近距離で繰り出された。抵抗する間も無く死ぬ。


 思考を回せ。時間はかけられない。だんだんと身体強化が弱まって感覚が鈍り始めた。《冷域》に飲まれるまで、感覚で約二分ってとこか。


 《冷域》の記憶を解凍し読み取り。知るべきことは知った。目的は達した。残るは目の前の戦いだけ。


 時間を稼げば、仲良く凍死。つまり一方的な負けは無い。


「ただ、そんなダサい真似するわけねぇがな。全力で勝ちに行く」


 だが今のままじゃ陽炎の肉体スペックを超えられない。

 

 だったら《冷域》への抵抗力を捨て。

 

 俺の時間と命を全て魔力に変える。


 急激に世界が遅くなる。

 俺に残ったあらゆる魔力を身体強化に集中させ、一時の爆発的に向上した身体能力と五感。


 しかし、急激に身体が冷えていく。

 二分しか無かったリミットはさらに短くなり、持って三十秒。


 そんだけあれば十分。互いの間合いに踏み込めば勝負は一瞬。


「上等。地獄に手ぶらはゴメンだからな、その首置いてけよ」



 ──踏み込みは同時。

 

 まるで息を合わせたかのように、二つの場所で同時に轟音が響き地面が爆発する。


 白き世界の中心で銀と焔が交わった。

 そして、次の瞬間には世界が止まったように感じる静寂が訪れる。


 瞬き一回分の永遠の先に残った結果。

 



 陽炎の首が、静かに落ちる。




 それと同時に俺も地面を転がる。完全に体が限界だった。もう一歩も動くことは叶わないだろう。《冷域》のせいで既に下半身が死んでいた。


 これで、後は迫る死を待つだけ。


 満足はしている。

 存在意義を知る。その目的を達成し、陽炎にも勝った。今までの人生でこれほど高揚感と幸福感に満たされた瞬間はない。

  

 だから後悔はない。


 あとはただ瞼を閉じて、眠る。

 きっと地獄の先で、皆んなに会えるはず、そう思った。


 ────その瞬間だった。


 熱く、そして心地のいい何かが凍りついた心臓を貫いた。


 何が起きたのか、理解する間も無く。


 朦朧としていた意識が覚醒したばかりか、世界を飲みこむ厄災と化した《冷域》が、まるで封をされるように心臓を貫いた───その熱源に収束していく。


 雪が溶けていくように、世界を覆っていた白銀が霧散していく。

  

 そして何も無かったはずの空に、星が現れた。


 その星が放つ光はまるで陽光のように暖かく、光に照らされた世界が息を吹き返していく。


 その心地いい光に俺の冷えた体もまた包み込まれていく。


 そんな時、声が聞こえた。


 それは、たったさっき斬り殺した筈の陽炎の声。


「認めよう、勇者。貴様は、確かに星の試練を乗り越えた。故に聞け。近い未来、貴様の前に彼方から来訪者が現れる。それは───異星の神々と厄災たち」


「一体何を言って……」


「何もしなければ世界は滅びるだろう。だから《ルミナスフィア》は勇者を探し続けた。世界を救う為、愛する星の子供たちへと試練を与えてな。そして今日、貴様が現れた。悲願だ。貴様は母の希望だ。だから死なせはしない」


 未だ理解が追いつかない。だがその言葉の一つひとつが確かな熱を持って心臓に、魂に刻まれていくのがわかる。


「これは契約だ。我の持つ、権能と力の全てをお前へと譲渡し、蘇生した。この力を持って世界を救え、勇者」


 迸るように熱が籠った言葉が耳元に響く。しかし、光に包まれ視界が滲み始める。

 

 瞼が重くなる。意識が遠のいていく。


 意識が完全に途切れる。その瞬間、確かに感じた。


 まるで生まれ変わるように凍てついた筈の俺の世界に、生命の炎が灯るのを……。




 


 ◇ ◇ ◇ ◇




 ──────2年後。


「んで? 一体何の用だよ。クソガキ」


 乱雑に切られた黒髪に、炎のように赤く輝く瞳。一八歳になった青年は、目の前に立つ黄金の髪の美しい少女を睨む。


 そんな威圧的な態度をなんのその、真っ直ぐな陽翠色の瞳で睨む目を見返し、青年へと距離を詰める。


 そして、大きく息を吸った。


「白夜!! 貴方に、私の護衛の依頼をするわ!!!!」


 少女の大きく澄んだ声が、部屋に響き渡った。

 

 その瞬間、遥か遠くで星が瞬いた。

 

 まるで、この二人の出会いを祝福するかのように

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ダンジョン・オブ・レヴェレーション・オリジン 〜最強の裏ボスと運命に選ばれた探索者〜 α星人 @konbadArK

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