第7話 証明
「血迷ったか、勇者よ」
血潮が蒸発するほどの灼熱に焼かれながら、自らの心臓を貫いた俺を見て、夜叉は嘆息を漏らす。
「血迷う? 生憎、俺は迷うほどモノ考えてねぇよ」
しかしもっともな言葉だ。側から見れば自殺に等しい行為。だが、俺が貫いたのは心臓であって心臓ではない。
俺が銀月で貫いたのは、俺の中に広がる世界へと繋がる扉だ。
俺の中の世界。
俺は《冷域》と呼んでいるそれは、生まれながらにあったのか。それとも銀月に呼応するように生まれたのかは知らないが。
ただ気づいた時にはその体の一部となりその在り方を理解した。
《冷域》は人や物、環境に時間。ありとあらゆる全てを凍結させ、飲み込む。最後には俺すらもな。
この世界が外と繋がればどうなるかなんて想像に容易い。
それを抑えるために、今まで俺は魔力大半を奪われ続けている。だから俺は大規模な魔法は使えない。
だが極限状態になると生命維持に魔力を回され《冷域》の扉に綻びが生まれる。そして《冷域》に飲まれた力。
つまり凍結され飲み込まれた魔力。そのごく一部が体へと流れ出してくる。それを俺は《臨界》によって加速された脳で魔力へと変換して大魔法を使うことが可能になる。
そう今ままで俺が使っていた魔法の全ては、漏れ出しただけの力を使っていただけにすぎない。もし中から全てが出てくれば俺の肉体は意味はなさず、地球は氷漬けになる可能もある。
ただ今、この世界は現世とは確実に隔離されている。スノーゴーレムの解析結果だ。
つまり俺は《冷域》に封をしておく理由がない。
あぁ、ようやく。
ようやく俺は────全てを出せる。
「《冷域》全解放」
それっぽい言葉と共に俺は勢いよく銀月を引き抜く。
すると膨大な血、ではない。銀色の魔力が空に波紋を広げるように溢れ出す。
その絶対零度の魔力は、空気、火炎、魔力、全てが、その場で停止する。
恒星と鬼面の侍を除いて。
恒星の炎が《冷域》の力と拮抗していた。
俺は溢れ出す魔力を使い。回復魔法を行使する。黒く焼けこげた肉体は瞬く間に再生していく。
「自ら器を壊したか、勇者。しかし、あまりに理を逸脱した力……一体いつまで身体がもつ?」
「そんなもん知るかよ。はなから考えてねぇって言ったろ。俺が死ぬまでだよ、死ぬまで」
確かに傷は治せるが、《冷域》の凍結からは俺すら逃れられない。ある程度耐性はあるが、今も足先から徐々に体が冷えていくのを感じる。
ただそんな事はどうでもいい。はなから自分の命には興味がない。
俺が欲しいのは、自分は何者なのか。
その答えだけだ。
強靭な肉体、莫大な魔力も、銀月、《冷域》
この全てが、産まれながらに手にしていた力じゃない。
一体俺の中には何がある? どうして俺にこんな力を与えた? 一体どういうつもりで俺の日常を奪っていったのか。
誰が何のために。俺を選んだのか。
その答えは《冷域》の中にあるかもしれない。
だから極限のさらに先。この手で世界を終わらせてもいいと思える精神を求め続けた。
そんな小さな糸口の為に死地だろうが、地獄だろうが飛び込んだ。
そして今日やっと、完璧な条件を手に入れた。
「ま、これで本当に最期だ。付き合ってもらおうか、陽炎」
「成程……その命、あくまで至る為の道具とするか……よかろう。その覚悟、受けて立とう」
俺と陽炎。
合図はいらない。ただ視線を合わせただけ。ただそれだけで導火線に火がついたようにチリチリと音がしはじめる。
溢れ出る《冷域》の力を銀月に込めていく。扱える限界ギリギリ、いや限界を超えても尚込める。体が急速に壊死していくのがわかるほどに。
互いの魔力が極限まで高まっていく。
そして─────爆発する。
「
「
二つの極致の一撃が噛み合った瞬間。眩い白光が世界から景色を奪い、空と大地が一瞬にして消え去った。
残ったのは俺と陽炎、それと攻めぎ合う二つに裂けた世界。凍てつく絶対零度と燃え盛る恒星の炎が喰らい合う。
その中心で俺はただ笑う。
地獄の蓋は開かられた。もう後戻りはできない。
この一撃は、俺の最初で最後の存在証明だ。
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