第6話 滅星《カタストロフィ》
嵐のように降り注ぐ鏑矢。無数の爆烈と閃光が視界を焼いた。
空は焦げ、黒煙広がる夜空に魔力の残滓が散っていく。
しかし、暫くしてあれ程轟いていた音と衝撃は消え、嘘のように辺りは静まり返る。
俺は空に佇んだまま、息を整える。
そして、分厚い黒煙の向こう側を見据えた。
徐々に晴れていく黒煙──。
その中から現れたのは、あちこち砕けた鱗、大量の血を流しながらも平然と変わらない魔力の輝きを放つ黄金の竜。
あれだけの矢に貫かれてなお、この程度の傷しかついていない。想像を超えた耐久性だ。
「ハッ、そうでなきゃ面白くない」
悦ぶ俺に、竜が鋭い視線を向ける。
その眼に浮かぶのは怒りでも驚きでもない。
むしろ……喜びに近いかもしれない。
「実に見事な一撃だった、勇者。我の魔法をあれほど簡単に崩すとは。魔力、制御、構成、速度、適応、集中。どれもが一級品。故に惜しいな。我に届きうる魔の才を持ちながら、何故最初から使わない?」
再び、投げかけられる歓喜が混ざる疑問の言葉。竜は心底理解に苦しんでいた。
「ごちゃごちゃと……感想戦か? だったら付き合う気はねぇよ」
俺は、無駄な疑問を一蹴する。
そのまま竜の声を他所に、夜空へと魔力を放った。
白銀が夜空を奔り、バリバリと空間を裂くような音を立てて巨大な魔法陣が構築される。それを見ても竜は動く気配はない。
そして完成した魔法陣は光を放ち、徐々に小さくなっていき、最後には俺の右手の甲へと落ち、刻まれた。
「魔装解放。《銀世ノ月詠》」
俺の声に、右手に刻まれた魔法陣が鮮やかな銀光を放つ。
そして魔法陣から現れたのは剣身から柄、その全てが白銀に染まり、月光のように煌めく魔力と恐ろしい程の冷気を纏った一本の銀剣。
コレは俺の奥の手の一つ、魔装解放。
昔、ダンジョン現れた黎明期に一瞬にして国一つを凍結させた超巨大モンスターの心臓を貫き、その魔力と血を喰らった魔剣。
《銀世ノ月詠》通称、銀月。
「────跳べ、銀月」
手に握る銀月がカランカランと涼しい音を響かせ、星空に銀光散らし、絶対零度の魔力で世界を凍てつかせていく。
「この魔力……」
銀月の放つ魔力を感じた竜は双眸を細め、魔力を纏い戦闘体勢を取った。
「なんだビビったのか? ただ、もう遅せぇよ」
警戒は無意味。何故なら俺の剣は既に振り終わっている。
──空間を超えて。
竜の背後。
夜の闇から音もなく揺らめき這い出る銀の剣が、竜の身体を後ろから穿った。
グシャリ、と生々しい音が鼓膜を打つ。そして俺の手に若干の抵抗と肉の繊維を潰す感触が伝わる。そして傷口は銀月の魔力により瞬く間に壊死していく。
確実にいくつかの内臓を破壊した。
ただでさえ傷だらけの体にこの一撃。確実に致命傷。もう動くことすら叶わない。
「空間を超える凍刃とは……だが、《星律・光転》」
夥しい量の血を吐きながらも何かを呟いた竜。それを聞いた俺は迷わず右手を横に薙ぎ、竜の体を上半身と下半身を真っ二つに寸断した。
──その筈だった。
しかし稲光と共に竜の姿は消えさり、俺の払った銀剣は虚しく空を裂いた。
今回は翼の魔力を使った加速とは違う。明らかにその場から姿も気配も完全に消えた。そもそも剣が腹に突き刺さった状態じゃ、ただ逃げようとしても逃れられない。
となると。
転移系の魔法か。しかも一瞬で俺の知覚外へと稲光以外ノーモーションで移動できる程に壊れた性能の。
連発されれば流石に対応し切れないが、それは無いだろう。連発できるなら、わざわざ魔力の翼など使わず、俺の攻撃を受けたりはしない。
だったら対策は取れる。しかし、それは気配を完全に消した竜の姿を補足できればの話。
まぁ、問題ない。銀月が魔装として俺に与える拡張能力は数多ある、空間跳躍もその一つ。
そして……冷気操作もその一つだ。
「狩りの時間だ──吠えろ《銀狼》」
夜の静寂をかき消すように獣の遠吠えが響き渡たった。そして俺の前に現れたのは百体を超える狼の氷像。それは魔力の残滓を匂いとして捉え、遠吠えはソナーとなって即座に俺の脳へと情報を共有する。俺好みの獣型スノーゴーレムだ。
「獲物を見つけ出せ」
俺の命令に、狼たちは氷の結晶を振り撒きながら、各方面へと散っていく。
そして、すぐに俺の脳に次々と情報が入り込んでくる。だが、情報といっても星空と平野以外何もない。
銀狼の持つ神速とソナーの範囲約半径三十キロメートル。いくらこの世界が広くとも、この速度なら果てに辿り着くのにそこまでの時間は掛からない。
俺の予想は当たり、数分で一匹の狼が果てに辿り着いた。
結果は、
「無駄骨だったか」
空、地上。そのどちらにも姿、気配、魔力、そのどの痕跡の一切が見つからなかった。完全に存在が消失している。
となると。
さらに
いや、はなから一択か。
竜の背の魔法陣が作り出した宇宙。
最初見た時は綺麗だが、なんて無駄な演出だと思ったが……流石にただの飾りではなかったらしい。
宇宙で何か企んでるんだろうが……まさかダンジョンでかくれんぼに付き合わされるとは思わなかった。
「まぁいい。せいぜい探す労力に見合った。高揚感を俺にくれさえすれば」
そう意気込み。銀月を宇宙へと向かって掲げようとした瞬間、
それは起こった。
灼熱。
視界が紅に染まり、まるで世界そのものが燃えているかのような、地獄の熱さに身体が悲鳴をあげる。
「なんだ、、これ」
「探す必要など無い。お前の命は、すぐに母へと還るのだから」
頭上から響く声に、反射的に顔を上げた。
干上がりそうになる身体を魔力防壁で覆い。なんとか状況を把握する。
俺の頭上にあったのは、メラメラと燃え上がる巨大な恒星。
しかし、それは星であって星ではない。炎の性質を持った超巨大な魔力体。
その魔力体の中心。まるで太陽の黒点の如く鎮座する。
「人間……?」
目を疑った。俺すらも簡単に焼くだろう灼熱。その中心で、二メートル程の背丈、黒い甲冑と鬼の面を身に纏い、燃え盛る刀を握る。
一体の夜叉がこちらを見下ろしていた。
「さて、まだ名を名乗っていなかったな勇者。我が名は【陽炎】。
その口上と共に、夜叉の刀に星の持つ火の魔力が溜まっていく。
「
燃える世界に響く声。
燃え盛る恒星の火が刀身を這うように唸り、刃先から放たれる紅蓮が空を、大地を、焼き尽くしていく。
先まで美しく輝いていた星たちの光でさえもう目には入らない。
加速した脳のおかげで、よく見える一撃。
この世界の全てを対象にした、超広域の炎魔法。
正に滅星。
この一撃は確かに星を滅ぼせるだけの火力を持っているかもしれない。
解析はできてる。
だが、コレは避けられない。単純な話だ。わかっていても抗うことができない、究極の暴力。
身体を守っていた魔力防壁が悲鳴をあげて崩れる。
すると一瞬で身体が燃えた。体液は蒸発し、徐々に手足がボロボロと焼け爛れていく。
このままじゃ、数十秒しないうちに死ぬ。
だが、俺に焦りはない。
何故なら──この感覚は、まさしく俺が求めていたものだから。
皮膚が焦げ、呼吸する度に喉が焼ける。ただ動くだけで死に近づく。
そんな状況でも高揚が止まらない。魔力が、本能が、魂が歓喜に震えている。
「ほっっんとうに!! 最高だッッッ!!!!!!」
そして、溢れ出る悦びのまま叫んだ俺は、銀月を逆手に持ち、迷う事なく。
自らの心臓を────貫いた。
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